イラスト/フォトライブラリー

「釜」あるいは「お釜」とは尻のこと。転じて男色(男同士の同性愛、ホモ)や、男色の相手を意味することがある。いっぽう、「お釜を掘る」とは肛門性交(肛姦ともいう)のことである。現代語ではアナルセックスというのが一般であろう。このアナルセックスは男色だけとはかぎらない。男と女のあいだでもおこなわれる。現代では、みんなが実行しているわけではないが、

知識としてはほとんどの男女が持っているであろう。同様に、江戸時代においても、庶民の男女のあいだではほぼ常識だったようだ。そんな状況をうかがわせるエピソードが『耳袋』にある――。

神田三河町の裏長屋に、車引きの又八と女房が住んでいた。又八の家では米屋にかなりのツケがたまっていた。米屋の丁稚小僧がしばしば催促に来たが、又八は、
「もう少し待ってくれ」
と言うだけで、いっこうに埒が明かない。この状況を見て、米屋に奉公する米搗き男が言った。
「てめえじゃ駄目だ。おらが行って、取り立ててやる」
米搗きをしているだけに、かなりの大男で、筋骨隆々としていた。男が長屋を訪ねると、又八は留守で、女房がひとりでいた。
「たまったツケを、きょうはどうしても払ってもらいたい」
「亭主がいないから、払えないよ」
押し問答が続いた。相手は女ひとりである。米搗き男はつい図に乗ってしまった。
「金を払えないんじゃあ、おめえの体で払ってもらうしかないな」
それを聞いた途端、女房はすっくと立ち上がった。着物の裾と腰巻をまとめてぱっとめくるや、むき出しの尻を男のほうに突き出した。
「前は亭主のものだ。じゃあ、後ろでしてみな」
この啖呵(たんか)に、さしもの大男の米搗きも赤面し、すごすごと退散した。

それにしても、すさまじい啖呵である。当時の女の下着である腰巻(湯文字)は一気にめくることができた。現代の女性用下着ではこうはいかない。この女房が亭主と肛門性交をしたことがあったかどうは不明だが、世間には女のお釜を掘る男がいるのを知っていた。だからこそ、こんな啖呵が口をついて出た。

なお、江戸の春画には男が女に肛門性交をいどんでいる図は少なくない。それについては次回に。