イラスト/フォトライブラリー

『茶の湯の立ぞめ』(絵師不明)で、情交しながら男が相手の女に言う。
「釜(肛門性交)というと、いずれ陰間(かげま)か小姓にするところだが、俺は女の釜が好きさ。どうかあとで一番、掘らせてみねえ」
「アレサ、そんなところに指を入れてはいやだよ」
男は性交をすませたあと、つぎは肛門性交をさせてほしいと願った。しかも、早くも指を女の肛門に挿入しようとしている。女はいやがっているが、はたしてその後、どうなったであろうか。男のセリフのなかの「陰間」とは、男色を売る男娼。「小姓」は寺小姓のことである。江戸時代、僧侶は女と交わることを禁じられており、もし女と情交すれば女犯の罪として処罰された。そのため、禁じられてはいない男色の相手として、美少年を寺にかかえていた。これが寺小姓である。男は「女の釜が好き」と、うそぶいている。男色の趣味はないが、女と肛門性交をするのがこのみのようだ。これは良い悪いの問題ではなく、あくまで個人の嗜好だからどうしようもあるまい。

『万福和合神』(葛飾北斎、文年4年)には、商家の主人が奉公人の女に肛門性交をしている図があるが、女はかなり痛がっている。
「アア、痛、痛」
「これも初めは痛いが、のちはのちは、フフフ、のちはのちは」
「旦那さんへ、痛みますからね、静かにしておくれな。ツツ、アア、痛、痛」「ちっと辛抱してくれ、気がいくところだ。ムム、いいぞいいぞ、けつまで蛸だ、蛸だ」
「蛸つび」は女性器の名器のひとつである。「けつまで蛸」は、肛門も名器だと感激していることになろう。それにしても主人は身勝手というか、臆面もないというか。しかし、こういう傾向は大なり小なり、すべての男に共通しているであろう。それだけに、主人の鉄面皮な言動は醜いというより、なんとなくおかしい。

『和楽色納戸』(西川祐信、享保2年)には、男が女の「二穴」に挿入している図がある。男は下腹部に張形(はりかた)を紐でくくりつけ、女に重なった。張形は陰門、陰茎は肛門に挿入するという趣向である。この絵を見て、江戸の男の多くは感心し、かつうらやましがったのではあるまいか。
「ほう、俺もやってみたいなぁ」
というわけである。

なお、張形は鼈甲(べっこう)や水牛の角で作った疑似陰茎である。英語の性語では疑似陰茎はDildoという。一般にDildoの色や形状はいかにもグロテスクで、お世辞にも優美とはいえない。優美や精巧と言う点では、江戸の張形のほうがはるかにまさっているようだ。