■36度の灼熱の中で見えた世界

 野球選手にとってマウンドは「夢」。
「夢のマウンド」とはよく言うけれど、8人いる野手に対して一人しか、ほかの選手より、球場にいる誰より少し高い位置にいることはできない、特別な場所だ。
 その夢の場所に、まっさらな状態で立つ。
 自分の一球がこれから始まる戦いの火ぶたを切り、その先頭にいる――僕はついにその「夢の場所」に立った。

 8月20日16時、坊っちゃんスタジアム。
 最高気温36℃の、暑い日差しが照り付ける中で緊張と、喜びが混ざり合う40歳の「芸人」がそこにいたのだ。

 マウンドに上がった瞬間のことはなんとなく覚えている。ふわふわしていた。でも、はっきりと感じたことがひとつあって、それは「なんか今日は全部が近いぞ」ということだった。

 これまで僕は坊っちゃんスタジアムが苦手だった。バックネットがひどく遠く感じられ、コントロールがおぼつかない。それはワンアウトも取れずに降板してしまった経験から来たものなのかもしれないけれど、とにかくいいイメージがなかった。

 だからこの日の先発を告げられた2カ月前から毎夜、イメージトレーニングをしていた。ほかの球場よりちょっと高いマウンド。遠いバックネット。キャッチャーの姿……。目をつむり、想像のなかで何球も投げ込んだ。
 実際の練習でも、香川の打順を想定して、チームメイトに順番に打席に立ってもらいシミュレーションを繰り返した。一番は右バッター。二番は左バッター……。特に、香川のスタメンはある程度固定されていて、左バッターが多い傾向にあったから、それもふまえて左バッターへのシミュレーションは入念に行った。

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