「孫子の戦略 運をつかんで生きる智慧」(ベスト新書) 著者の中島孝志氏

◆『孫子の兵法』は、いったい何がそんなに人を引きつけるのか?
 
「孫子の兵法」は日本では(世界でも)、『論語』と並んで広く親しまれている名著であることは間違いない。秀吉が読んでいたかどうかはわからないが、少なくとも織田信長、武田信玄や上杉謙信は愛読していたし、徳川家康は孫子のおかげで二百七十年もの長きに耐えられる幕府をつくれた、というものだ。ナポレオン、毛沢東、そしてケネディも大ファンだった。
 では、いったいなにがそんなに人を魅きつけるのか?
 まず筆頭にあげられるのはきわめて実戦的、実際的であるということだ。どうしたら戦いに勝てるか。この一点に絞ってエッセンスを凝縮している。『孫子の兵法』には、勝つためのノウハウが満載されているのだ。
「地球に優しい」とか、「人一人の命は地球より重たい」といった安っぽい理想論はそこにはない。とことん勝ちにこだわる冷徹さが現実を生きる人たちは魅力的に映るのだ。
 次に、人間の本質を的確に解析している。つまり、人間通なのだ。
 古今東西、戦争でもなんでも、結局、主役は人間だ。どんなにネットや機械が発達しようが、とどのつまりは、喜怒哀楽のある人間、血の通った人間をどう動かせばいいか、人情の機微に通じていなければ一歩も前に進まない。

 『孫子の兵法』は思い通りに人を動かすヒントが満載なのだ。
『孫子の戦略 運をつかんで生きる智慧』(中島孝志・著/ベスト新書)をもとに、さっそく、その一つを紐解いてみよう。


◆運勢とは「運の勢い」──運のいい人、悪い人

『勢とは利に因りて権を制するなり』
「勢いとはタイミングをつかんで臨機応変に対処することをいう」
 
 仕事でいちばん強いのは「勢い」のあるヤツだ。これは手がつけられない。ノリに乗っている人間は神懸かり的で実力以上のパワーを発揮してしまう。 「今日は調子がいいな。もう一軒いってみようか」と新規のお客さんを次から次へと回ってみると契約を次から次へととってしまう。
 逆に、スランプになるとやる気は空回り。労多くして益少なし。ムダばかり打ってしまう。
 この違いはどこから来るのだろう? どうすれば勢いをつけることができるのだろう? どうすれば、運の悪さを改善できるのだろう?
 
 知人の作家は、アイデアに行き詰まると、ぶいと書斎を飛び出て散歩に出る。そのまま山手線に乗って一周してしまう。気分転換だけでなく、人の様子を眺め、雑談を聞き、イメージを膨らませる。これが原稿のネタづくりになっているのだろう。
 いわば、車でいえばエンジンをフルスロットルにする前にアイドリングをきっちりさせる、ということに似ている。いきなりトップスピードが出るわけではないし、そんなことをしたら、オーバーヒートするのがおちだ。
 もう一つ、タイミングがすべてを決める。タイミングをドンピシャでつかむヤツはやっぱり勢いをつかんでしまう。タイミングとは時間をジャストミートすること。そのとき、その仕事にすべての力を集中することにほかならない。
 
 仕事ができる人は必ずといっていいほど集中力がすごい。勘違いしやすいが、集中力とは二四時間働き続けられる力ではない。たとえ微力であろうと、すべきときに、すべきことを、百二十パーセントのパワーを注ぎ込める力なのだ。「のんべんだらり」ではなく「いまが勝負時だ!」というタイミングを逃さない。
 たとえば、昇進試験や資格試験、あるいは○○キャンペーンという契約獲得競争にしても、試験が終わってから必死に勉強しても遅いのだ。キャンペーンの直後にどかどか契約を取っても効果は薄い。決められたときに最高のパフォーマンスをしなければ労多くして益少なし、となってしまう。力の出し所、出すタイミングを逃すとこういうことになる。
 「いつ出すか、どこで出すか?」
 「いまでしょ!」ではない。いつも出しっぱなしにするのではなく、メリハリを考える。いつもは昼行灯。なのにいざとなると、きっちり数字を出す営業マンがいる。いつやるか、どこでやるか、というタイミングがわかっている。逆に言えば、そのタイミングに合わせて準備を怠らない。つまり、的を外さないようマークしている。勘と耳を働かせているからマークできる。
 マークできる人は自然と勢いをつかんでしまう。

 さて、上記の文章を読まれてどのような印象を持たれただろうか。何回かに分けて、孫子の兵法に関して、独自の解釈を施してみたい。