新大阪駅に向かう下りの新幹線が京都駅を出ると、すぐに左の車窓から見える、東寺五重塔。54.8メートルという圧倒的な高さは、現存する仏塔の中では日本一を誇っています。しかし、かつての日本には、その東寺五重塔の2倍もの高さを持つ仏塔が建っていたのです――!


足利義満が建立した相国寺七重塔、その高さは「三六〇尺」

現存する最高の塔、東寺五重塔

 日本に現存する木造の多重塔は五重塔と三重塔、そして奈良・談山神社の十三重塔一塔のみですが、過去には七重塔、九重塔なども建てられたことが記録に残されています。史料や基壇跡から判断すれば、想像を絶する高さの仏塔もあったことがわかります。現存する最高の仏塔は東寺の五重塔(54.8メートル)ですが、かつては、その二倍近い高さの仏塔がそびえていたのです。
 1340年の『院家雑々跡文』という史料には、

 春日東御塔五重塔     高一七丈
 興福寺五重塔       高一五丈
 東大寺七重塔       高三二丈
 法勝寺八角九重塔     高二七丈
 東寺五重塔        高一六丈
 宇津宮十三重塔      高一六丈

と、京都、奈良周辺のものと目される仏塔の高さが記されているそうです(上田篤編『五重塔はなぜ倒れないか』新潮選書)。法勝寺の八角塔は当初、七重塔でしたが、すぐに二重が組み上げられて九重塔になったといわれます。
 一丈はおよそ3メートルですから、東大寺七重塔は約96メートル、法勝寺八角九重塔は約81メートルの高さということになります。また、室町時代後期の臨済宗の僧、相国寺八二世・景徐周麟(けいじょしゅうりん)が書いた文献『翰林葫蘆集(かんりんころしゅう)』には、室町幕府三代将軍・足利義満が建立した「高さは三六〇尺(約110メートル)」という相国寺七重塔の記録が遺っています。じつに、高さ100メートルを超える仏塔が、古代日本には存在していたのです。

 東大寺大仏殿の大仏の背後に、東大寺の模型がいくつか並んでいますが、そこで、大仏殿の両側に位置していた七重塔(東塔、西塔の二塔)の模型を見ることができます。この七重塔が建てられたのは聖武天皇(在位七二四~七四九年)の時代で、その東西両塔は約400年の間、存在していたといわれます。当時の人びとが、その高さの東西両塔が並ぶ様子にどれだけ驚いたことか。
 ちなみに、2016年4月22日、東大寺境内発掘調査団が、東塔跡から「七」の模様がある丸軒瓦を出土したと発表しました。これは、七重塔に使われた瓦の一部と考えられています。