ダイエットやストレスが高じて摂食障害になり、医学的に見て瘦せすぎている女性のことを「瘦せ姫」とも呼びます。

なぜそこまで「瘦せること」にこだわるのか?

彼女たちの生きづらさの正体とはなにか?

ときに彼女たちがとる行動にはそんな生きづらさの果てに苦闘する姿が垣間見えます。

摂食障害になった女性たちとの30年余りの交流の軌跡を描いた近著『瘦せ姫  生きづらさの果てに』で話題の著者エフ=宝泉薫氏が、瘦せ姫と援助交際との関係について静かに語りました。

 

 

 

「正直、怖いし、気持ち悪いし、惨めな気もするけど、

愛してもらえる嬉しさもあって」

 

 援助交際というのはれっきとした犯罪で、売春の一種です。ただ、万引きと窃盗のイメージが違うのと似て、こちらもカジュアルというか、軽い感じがします。「円光」や「サポ」「パパ活」といった、罪悪感を薄める隠語もいろいろ生まれ、そのためか、手を出す女性が少なくないのも周知のとおり。瘦せ姫もまた、ご多分に漏れず、です。

 ある瘦せ姫がツイッターのアンケート機能を使って、

「デートや〝縁〟でおカネもらったこと、ある?」

 と尋ねた際、「ある」は48パーセントという結果でした。回答者がすべて瘦せ姫だとは限らず、また、実際の割合はもう少し低いのではという気もしますが、それなりの数の人が経験しているのもたしかでしょう。

 そのなかには、児童売春にあたる18歳未満の人もいます。その場合、本人は処罰されないとはいえ、そんな法的にも「守られるべき存在」とされる年頃の少女たちが、SNSで援交について告白しているのを目にすると、ドキリとします。

「明日、処女捨ててくるよ。10(万円)出してくれるって言うから」

 それに対し、「気をつけてね。あと、おカネは先払いにしてもらわないと。騙すヤツもいるからさ」

 と、アドバイスする人がいたり。かと思えば、おカネだけもらって、途中で逃げようとする瘦せ姫もいて、別の意味でハラハラさせられます。

 とまあ、そのケースはさまざま。ただ、キスだけで1万円とか、ボディタッチと水着撮影で3万円とか、そういう取り引きは魅力的に思えたりもするのでしょう。過食嘔吐で小遣いがどんどん消える中高生の目には、手っ取り早い小遣い稼ぎに映るのかもしれません。

 また、おカネ以外に得られるものもあります。ある中学生の瘦せ姫は、こう言いました。

「私のこと、すっごく細くて可愛いねって褒めてくれました。正直、怖いし、気持ち悪いし、惨めな気もするけど、愛してもらえる嬉しさもあって、よくわかんない」

 瘦せ姫の心理には共通して、愛情への飢えが潜んでいます。援助交際には、それを一瞬、わずかでも満たす作用があるというのも、見逃せないところです。

 しかし、そんな「癒し」の効果より「ストレス」という逆効果のほうが大きいのではというのが、個人的印象です。というのも、瘦せ姫には大なり小なり、性的なものへの嫌悪感や苦手意識があるからです。そういう人が愛情への飢えをかりそめの性的関係で満たそうとするのは、やはり無理があるのではという気がしてなりません。

 それでも、援助交際などの売春に向かう瘦せ姫が一定数いるのはどういうことなのか。それを考えるうえで、参考になるかもしれない事例が存在します。97年に起きた「東電OL殺人事件」です。これは、東京電力のエリート社員だった39歳の女性が何者かによって殺された事件。彼女はその5、6年前から、帰宅途中に渋谷で「立ちんぼ」と呼ばれる個人営業の売春をしていて、また、容姿や行動から拒食症と思われる人でした。

 その発症には、大学在学中に最愛の父が亡くなったことと、職場での挫折が関係していたようです。ただ、そこまではわかるとして、驚かされるのは売春婦としての働きぶり。彼女は退社から終電までの数時間に、一日4人というノルマを自らに課していました。それも、日中は会社員の仕事をこなしながらです。

殺害現場のアパートは今も残存。華やか な渋谷の片隅で起きた惨劇は、飽食のな かでの拒食という構図にも通じる。

 

 これはもう、売春が一種の生きがいになっていたということかもしれません。あるいは、何らかの底知れない不全感を、一時的にせよ、いくらかにせよ埋めるための必死の行為だったのではと。万引きを繰り返すケースと同じで、自我を確認したり、生きている実感を得る術が売春しかなかったというのは、十分に想像できることです。

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