イラスト/フォトライブラリー

江戸時代、男も女も平気で屋外で放尿していた。男が板塀などに向かって立小便をするのはもちろんのこと、女もちょっとした物陰にしゃがんで放尿するのは珍しいことではなかった。そんな時代、文化(1804~18)のころの話が『多話戯草』に出ている。

おりしも三月芝居に出ていた歌舞伎役者の松本小三郎と岩井梅蔵は役を終え、八ツ(午後二時ころ)時分から向島に花見に出かけた。小三郎、梅蔵夫婦、供の四人連れである。咲きほこる桜をながめながら茶屋で休んでいると、酒に酔った武士四、五人がどやどやと茶店にはいってきた。

梅蔵夫婦は武士の集団に恐れをなし、こそこそと座を茶店の隅に移した。ところが、小三郎はそのまま茶店の真ん中に居座り、平気な顔で煙管(キセル)をふかせていた。小三郎は女形で、年齢は二十歳そこそこだった。芝居小屋からそのまま出かけてきたため、縞縮緬(しまちりめん)の半襟の付いた小袖を重ね着して、燃えるような緋縮緬の湯文字、水浅黄の手ぬぐいで髪を包むという粋な娘のいでたちである。

武士たちは小三郎をてっきり年ごろの娘と思い、ちょっかいを出してきた。小三郎は若い女の声色を使い、色気たっぷりに応じた。武士たちは図に乗り、しなだれかかる始末である。そばで見ていて、梅蔵夫婦は気が気でない。ふたりが気をもんでいるのを察して、小三郎が目配せし、さきに行くよううながした。梅蔵夫婦は茶代を払うと、そっと立ち去った。

増長した武士は頬ずりしたり、裾から手を入れようとする。やおら、小三郎が恥ずかしそうに言った。
「わたくしは、ちと、はばかりに参りますから、少しのあいだ、ご免を願います」
「そうか、では、早く用を足してまいれ」
武士たちはニヤついていた。茶屋の前は隅田川の土手である。小三郎は土手に横向きに立つと、裾をめくって陰茎を引っ張り出し、その場でシャーシャーと立小便を始めた。武士たちは驚き、
「あれは、あれは」
と、娘とばかり思っていた小三郎の陰茎を指差している。小便を終えると小三郎は、まわりの見物人に向かって、
「どなたもお静かに、お静かに」
と言いつつ、悠然と歩き去った。
呆然と見送った武士たちは、茶店の女将(おかみ)にたずねた。
「いまの者は、いったい何者じゃ」
「あの人は歌舞伎芝居の女形で、松本小三郎という役者でござります」
「うーん、にっくきやつめ」
武士たちは酔いもさめてしまい、口々に憤懣を述べながら茶店を出た。