「瘦せることがすべて」。そんな生き方をする女性たちがいます。

いわゆる摂食障害により、医学的に見て瘦せすぎている女性のことですが、そんな彼女たちを「瘦せ姫」と呼ばせてもらっています。

 彼女たちはある意味、病人であって病人ではないのかもしれません。

というのも、人によってはその状態に満足していたりしますし、あるいは、かつてそうだったことに郷愁を抱く女性や、むしろこれからそうなりたいと願う女性もいるからです。

「胸も生理もいらない」

本気でそう願う瘦せ姫たちの心の奥を覗いてみたいと思います。

いま話題の書『瘦せ姫 生きづらさの果てに』の著者・エフ=宝泉薫氏が語るその真意とは?

 

「胸も生理もいらない」

「胸も生理もいらない」

 かつて、そんな信条をノートに書き、瘦せることに励んだ少女がいました。その前に「骨になれ」「脂肪をそげ」という言葉もつくのですが、最初に見て以来、この「胸も生理も」という言葉が鮮烈で、今なお心に残り続けています。

 というのも、この感覚こそ、究極の瘦せ姫らしさを示すものだと思えるからです。そして、胸の大小や生理の有無をどうとらえるかは、瘦せ願望の根深さを測るうえでの物差しにもなる気がします。

 たとえば「瘦せたいけど、胸は保ちたい」とか「子供が産めなくなるから、生理は戻るようにしたい」と願う人は「胸なんて脂肪の塊」とか「生理なんて苦痛なだけ」と嫌悪する人より、世間的な意味での健康度は高いと考えられます。もちろん、そう願う前者のなかにも、瘦せへの執着や依存をし続ける人はいますが、執着や依存が強く激しいのはやはり、後者でしょう。

 そんな瘦せ姫が理想としたり、憧れるのは第二次性徴を迎える前の少女もしくは少年のような体型。これは158センチで30キロが理想だという、20代後半の既婚女性の言葉です。

「中学生のときから、大人の体型になることに抵抗があって、胸が大きくなるのも、腰が大きくなるのも嫌でした。少年のような体型に憧れ続けてきました。小学生の細い女の子とかを見ると、すごくうらやましいから。ああなりたい、あれだけ細い脚になりたいと思います」

 胸がふくらむのも、生理が始まるのも、女性における第二次性徴の特徴ですから当然な願望です。

 しかし、第二次性徴が完了してから瘦せた場合、胸はなかなか小さくなりません。生理についても止めることはできても、太れば再開してしまうという恐怖はずっとつきまといます。

 そこで、瘦せ姫はさまざまな葛藤を強いられることに。ある人はこう言いました。

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