「いま誇るべき日本人の精神」(ベスト新書)を上梓。日本人は戦後いかに変わり、そして大事なものを失ってしまったのか。保守派の重鎮である加瀬英明氏から話を聞いた。

   私には靖国神社を疎む者を、理解できない。国を愛して生命を捧げた英霊を、どうして愛することができないのだろうか。

 

  二〇一五(平成二十七)年の前半に、安倍首相がうっかり口を滑らして、自衛隊を「軍」といったために、国会で野党から叩かれた。
  日本国民なら、誰でも自衛隊が限りなく軍に近いものだと、思っていよう。
  だが、吉田茂首相が日本が独立回復をして三ヶ月後の一九五二(昭和二十七)年七月三十一日に、「保安隊は新国軍の土台となる任務を持つ」と述べた時には、国会で問題にならなかった。
    吉田首相はその翌年の十一月三日に、衆院予算委員会において、「自衛隊は戦力なき軍隊だ」と発言したが、野党が揚げ足をとることがなかった。
 安倍首相が〃軍発言〃を行ったあとに、与党の女性議員が「八紘一宇」といったところ、国会で野党から叩かれた。
「八紘一宇」という言葉は、『日本書紀』(七二〇年)にでてくるから、『日本書紀』がけしからんというのだろうか。「八紘一宇」は、世界が一つの家族となって、睦み合おう、という意味だ。
   どうして、六十二年前に首相が、保安隊や、自衛隊を軍だといって、問題にならなかったのに、いまになって、非難されるのだろうか。
    アジア・アフリカ会議は一九五五(昭和三十)年に、インドネシアのバンドンで、二十九ヶ国のアジア・アフリカ諸国の指導者が集って開催された、第二次大戦後、最初の有色人種のサミットだった。日本も参加している。
    二〇一五年四月に、インドネシアでアジア・アフリカ(バンドン)会議六十周年を記念して、首脳会談が催された。安倍首相が参加して、演説のなかで「先の大戦の深い反省」と、述べた。
 その十年前に、小泉首相がバンドン会議の五十周年を記念して催された首脳会議で、「痛烈なる反省と、心からのお詫び」と、演説している。
 だが、六十年前の第一回バンドン会議の翌年の一九五六(昭和三十一)年三月八日に、鳩山内閣の重光葵外相が参院予算委員会で、「太平洋戦争によって、日本は東南アジア諸国の独立に貢献した」と述べたが、野党も、中国、韓国も、非難しなかった。
 このところ、日本は中国や、韓国の顔色を窺って、戦戦兢兢としている。
  一九七四(昭和四十九)年一月二十四日に、田中角栄首相が「日本の朝鮮半島統治は、韓国民には有益だった」と発言した。だが、国会でも、国内でも、  まったく異論がでなかった。
 私はこのような例を、いくらでもあげることができる。
 きっと、日本国民が物質的な繁栄によって、刹那的になったために、記憶を失うようになっているのだろう。