「瘦せることがすべて」。そんな生き方をする女性たちがいます。

 いわゆる摂食障害により、医学的に見て瘦せすぎている女性のことですが、そんな彼女たちを「瘦せ姫」と呼ばせてもらっています。

 彼女たちはある意味、病人であって病人ではないのかもしれません。

 というのも、人によってはその状態に満足していたりしますし、あるいは、かつてそうだったことに郷愁を抱く女性や、むしろこれからそうなりたいと願う女性もいるからです。

 いま話題の書『瘦せ姫 生きづらさの果てに』の著者・エフ=宝泉薫氏が、「細さ」にこだわる現代女性の胸の内と「瘦せの確認」ついて語ります。

 

 

瘦せの確認

「それこそ果てしない儀式の始まり。つらいぞ、儀式は」

 

 瘦せ姫にとって、瘦せていることはアイデンティティのようなものでしょう。しかし、それを自ら確認することの難しさというものがつねにつきまといます。自らのボディイメージがよくつかめずに葛藤するのが、摂食障害でもあるのですから。

 もちろん、体重や体脂肪率、ウエストや太もものサイズといった「数字」は目安のひとつにはなります。ただ、そういう「数字」にこだわりつつも、それだけを100パーセント信用できている人はいない気がします。

 また、瘦せ姫以外の人からは、鏡の前で裸になればわかるのでは、などと言う声もあがりそうですが……。それも難しいことです。ガリガリに瘦せていても、自分では太って見えるというのが、摂食障害ではありがちな傾向ですから。

ボディイメージのズレに気づかせる目的のCMだが、細いほうの体型こそ理想だという痩せ姫も少なくない。

 それゆえ、みなそれぞれに、瘦せていることを確認するための手段、あるいは儀式を取り入れることになります。それも、数字や鏡といった「知覚」や「視覚」によるものではなく、もっと「体感」できるもの。たとえば、自分の手でもう一方の二の腕をつかんでみるというのも、そのひとつです。

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