「瘦せることがすべて」。そんな生き方をする女性たちがいます。

 いわゆる摂食障害により、医学的に見て瘦せすぎている女性のことですが、そんな彼女たちを「瘦せ姫」と呼ばせてもらっています。

 彼女たちはある意味、病人であって病人ではないのかもしれません。

 というのも、人によってはその状態に満足していたりしますし、あるいは、かつてそうだったことに郷愁を抱く女性や、むしろこれからそうなりたいと願う女性もいるからです。

 いま話題の書『瘦せ姫 生きづらさの果てに』の著者・エフ=宝泉薫氏が、「細さ」にこだわる現代女性の心理と「瘦せのカモフラージュ」について語ります。

 

 

瘦せのカムフラージュ

「百均に売ってるような2 5 0 グラムのおもりを、

手足に2 コずつ計4 コつければ1 キロ」

 

 なぜ、瘦せをカムフラージュする必要があるのか。そこにはまず、体型についてとやかく言われたりすることへのわずらわしさが関係しているでしょう。

 前述のように、それは安心、あるいは快感につながることもあるわけですが、その言葉や視線があまり好意的でない以上、やはり嫌がる人が多い気がします。

 と、ここでひとつ強調しておきたいのが、世間の誤解。摂食障害の人は瘦せた体を露出したがるというイメージがけっこう広まっているのです。いや、医療の専門家にもそう考える人は珍しくありません。たとえば、こんな記述があります。

「家族たちが厭がるのに人目に立つ場所に出かけ、瘦せた身体に注目を集めることを繰り返す。体力的にはおぼつかない状態になりながら、プールや海に行き骸骨のような身体に水着を着て遊ぶ」(註1)

 たしかに、そういう瘦せ姫もいないわけではありませんが……。明らかに少数派です。さまざまな事情から、露出を好まない人のほうが大半なのです。

 というのも、いまやヒートアイランドと化した夏の日本において、若い女性がタンクトップにショートパンツのような姿で街を闊歩(かっぽ)するのは当たり前の風景です。しかし、そのなかに瘦せ姫はまず見当たりません。

 なぜなら、体脂肪の極端に少ない人にとって効きすぎた冷房は恐怖ですし、リストカットやアームカットの痕を隠したい人もいます。家族や恋人に露出を止められてしまうケースも含め、体型についてとやかく言われることのわずらわしさだって、大なり小なりあるでしょう。

 そんななか、真夏コーデに挑戦するのはちょっとハードルの高いこと。ただ、そのハードルを越えられる人もいます。瘦せすぎという意識が希薄だったり、いい意味で開き直れていたりするタイプの人です。

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