今年放送開始30周年を迎えるTBS系『世界ふしぎ発見!』。その番組で29年間もミステリーハンターを続けている竹内海南江さんをご存じでしょうか。
 彼女は22歳で番組デビューし、現在なんと51歳。
 訪れた国は100ヵ国以上になり、今でも1年の大半を海外で過ごしているそう。その土地の歴史や文化をありのままに伝えるために、番組では誰もが「え!?」と思ってしまうような、いわゆるゲテモノというものを食したり、新事実を求めて極寒から極暑の地域までリポートしたりと、体当たりの旅に挑戦し続けています。
 そんな彼女の信念、そして生きる、旅するエネルギーの源を綴った最新エッセイ「あっというまに」(KKベストセラーズ)が9月24日に発売します。
 その発売を記念して、番組では決して知ることのできない、彼女の胸の内を独占初公開第一弾!

 

22歳で番組デビューし、29年間走り続けている竹内海南江さん。

 

――ミステリーハンターを29年間続けられてきた実感などございますか。

 そもそも、番組が30年続くとは思っていませんでした。

 「ミステリーハンターって何?」と言われていた時代から始まり、気づけば「ミステリーハンター」が、特別な職業の名称となっていました。さらに「なになにハンター」というように、当たり前に「ハンター」が使われるようにもなっていますよね。

 この私の先には誰もいないので、これからどうなってしまうのかが、正直言ってわかりませんけど。

 

――確かに、竹内さんがこの道の開拓者になります。現在、不安を感じられているということでしょうか。

 自分のための生活や暮らしといったものが存在しないので、仕事部屋は倉庫と化しているし、帰国したばかりの日は、そんな倉庫の中でただひたすら寝ています。

 でも「これまでに辞めたいと思ったことはありませんか?」と、よく尋ねられますが、そう思ったことは一度もないです。
 当たり前のように旅の準備をして、通勤電車のように成田や羽田から飛行機に乗り、よそ様の国で働き、帰国する。そしてパンツの洗濯。また、準備。その繰り返しの日々に疑問を感じたこともありません。 

 

――今と昔、ご自身で感じる変化はありますか。 

今も昔も、ふと見せる元気でチャーミングな笑顔が印象的。それでも、仕事は淡々とこなす、というのがポリシー。

 ミステリーハンターになった当初から、その芸風? は変わっていません。ビジュアル的には、しわが増えたりなどなど、変化はありますが、本質的なものに変化はありません。
 たとえば、キャーキャー騒がない。常に淡々と、いろいろなものを口にし、体当たり的なことを当たり前のようにこなしています。

 伝えることがお仕事だから、個人の感情である主観が働かないのかもしれません。

 

――ミステリーハンターという仕事を29年間やってこられてきたなかで、竹内といえばいろいろなものを食べているイメージがございますが、実際はどうでしょうか。

 「ゲテモノ」という珍味を出されたら、とりあえず口にしてから考える。その時、食べられる、食べられない、という意識は働きません。それがなんであれ、食べられるものだから、相手はおもてなしとして貴重な珍味を出してくれています。だから、その気持ちをいただきます。

 

――では、「最大のピンチ!」というものはありますか? 

ピラミッド登頂の許可が出されたのは約32年ぶり。

 2015年放送のピラミッド登頂です。

 1983年に、ピラミッドの登頂は禁止され、以来、監視の目を盗み勝手に登ってしまう人がいても、メディアでの撮影許可が出ることはまずなかったんです。
 しかし、その許可が出てしまい、50歳初のロケがピラミッド登頂と伝えられました。

 ピラミッドは世界遺産なので杭を打って命綱を確保することなどもできません。これまで実物を何度も目にしているので、その石の大きさや高さもわかってしまい、余計その怖さが予想できます。

 正直言って、これにはびびりました。許可が却下されればいいいのに! とも初めて思いました。

 

――それは体力的にも、精神的にもとてもきつそうですね。

 50歳なので、体力的に自信はありませんでした。
 そして高所恐怖症。高いところに自分の足で立つことが苦手で、お尻がぶるっとして足の感覚がなくなってしまうんです。

 正式な許可が出たことは、『世界ふしぎ発見!』史上快挙で、それをリポートできるなんて名誉なことではありますが、危惧したことは高所で登ることも降りることも何もできなくなってしまうことでした。

 

――ただでさえ苦手な高所、さらに命綱なしなど、トータルで考えると、もう逃げ出したくなってしまいますが……。

 そこで考えました。登るために、なんらかの訓練をしよう! と。

 まず、登るためには腕の力が必要と考え、腕立て伏せを。でも、できたのはたったの2回だけ。

 「昔だったら、もっとやれたのに」とさすがに思いましたが、そんなことで落ち込んでいられない。50歳の体力減退を言い訳に、じゃあ次できる準備は何かなとすぐに切り替えました。

 

――なるほど! 決して今目の前にある課題から目を背けるのではなく、自分自身の心身の現実に向き合い、どうしたら達成できるかということに注力するという思考の積み重ねがこれまでの竹内さんの基本になっていたのですね。
 ここから先のエピソードは竹内海南江さんの最新エッセイ「あっというまに」で詳らかに書かれていらっしゃいます!
 次回は、貴重な番組の昔話をお聞かせいただきましたので、お楽しみに。