京都市北区にある古田織部美術館では、「古田織部の実像」展が現在開催中。「織部好み=美濃織部焼」といった一般的な見方を覆す茶道具を中心に展示している。また、新たな事実が発覚した大分県竹田市所蔵の『古田家譜』(分家本・『本家系譜 古田氏』)も初公開されている。
徳川秀忠が古田織部に「武家の茶法」を作るよう命じたと記述している部分。『古田家譜』の異本『本家系譜 古田氏』(竹田市立歴史資料館所蔵)


戦国時代の茶人・古田織部といえば、多くの人が美濃織部焼を思い浮かべる。ところが実際、織部は壮年期には茶碗は信楽焼、建水は備前焼を好んだという。また、会食食器は美濃焼に先駆けて唐津焼から創作、使い始めた。展示では「絵志野茶碗」「絵唐津茶碗」「備前平水指」「信楽茶碗」といった、これまであまり知られていなかった織部好みの茶陶が並ぶ。
 

『古田家譜』の異本『本家系譜 古田氏』表紙(竹田市立歴史資料館所蔵)

そして今回の展覧会のメインとなっているのが、『古田家譜』だ。

千利休の広めた町人の茶を改め、古田織部に「武門の茶法」(武家のための作法)を作るように命じたのは2代将軍徳川秀忠であることが判明した。織部研究の第一人者である故・桑田忠親博士の自著にある記述から、織部にそれを命じたのは豊臣秀吉だと長年考えられていた。しかし、古田織部美術館が大分県竹田市所蔵の『古田家譜』(分家本・『本家系譜 古田氏』)と、古田重名(宗関)旧蔵の異本(分家本)を精査したところ、「秀吉」と「秀忠」が読み違えられていたことが分かったのである。『本家系譜 古田氏』はこれまで一般公開されたことがなく、今回が初公開される貴重な機会となっている。

このほか、織部の嫡子九郎八(くろはち)の名が記された「大坂夏の陣図」を展示するなど、今なお多くの謎に包まれた古田織部の実像に迫っていく。
 

■古田織部の実像―『古田家譜』(豊後古田家伝来)初公開―
会期/平成28年9月17日(土)~平成29年1月15日(日)
会場/古田織部美術館
   京都市北区上賀茂桜井町107-2 地下1階
開館時間/9:30~17:30(入館は17:10まで)
休館日/12月29日~1月4日