■オシムに挑発されたこと

「質問の内容以上に、人としてオシムとどう対峙するか。人間対人間の言葉のやりとりでありコミュニケーションでもある。もちろん私は聞く立場、彼は答える立場にあるわけですが、決して上下関係ではない。対等な関係の人間同士のコミュニケーションを、彼のような人間とどうすれば築くことができるのか」

 これまで十数年間にわたりイビチャ・オシム氏と対峙し続けた田村修一氏は、オシム氏との対話のなかで感じ続けてきた緊張感をそう語る。

 田村氏は、9月に発売され話題を呼んでいるオシム氏の新刊『急いてはいけない』でも翻訳を担当した。阿部勇樹、中村憲剛、柏木陽介ら現役選手やジャーナリスト、一般の会社員などの質問をオシム氏が答える形ではじまる本書でも、その緊張感は変わらなかったという。
 事実、本書ではオシム氏の強烈な一言からはじまる。

『どうしてあなた方はいつも同じ質問をするのか。自分たちの弱さを告白し、他人に答えを求める。
 そんなふうに考えること自体が、弱さに正面から向き合っていない証拠だ。(中略)だが、人がどう思おうとも私は話す。とりわけ同じことに関して』

 オシム氏がいまなお示唆する多くのこと。田村修一氏に聞く、オシム氏の素顔、その第二回。

――(前回より)会見でオシム氏より挑発を受けた、というのは何があったのでしょうか。

田村 「話したければ、いつでも姉崎(編集部注:当時ジェフの練習場があった)にきなさい。浦安の自宅でもいい」と言ってくれるような関係だったときのことです。彼が率いるジェフは、2005年のナビスコカップ(編集部注:今年からルヴァンカップに名称変更)で初優勝を果たしました。優勝後の記者会見で私がした質問に対し、オシムがまくし立てるように語ったことがあったのです。

 この頃、実はまだオシムのことをきちんと理解できていなかったという私自身の経験不足も否めないのですが、こんなやり取りだったと記憶しています。前提として、私はジェフという決してビッグクラブではないチームがタイトルを獲得したことに対して何かしらの感慨があるのではないかと思い、こう質問をしました。

『ここに至るまでにはいろいろなことがあったが、今はさまざまな思いが去来しているのではないですか?』

 いま思うと私の質問もかなりゆるいのですが……(笑)、オシムはこれに対し、怒ったような様子で「この大会が世界へと開かれないことが納得いかない」と述べました。この話はここだけにとどまらず、会見の囲み取材でも「あのとき、あの記者はあんなことを言ったが……」と私の顔を見、質問を引用して、また批判を始めたのです。

 さすがにこのときは挑発をされている、と思い、質問の意図を説明し直しやり取りをしました」

――なるほど。しかし、その後のオシム氏との関係が心配になります。

田村 それは問題ありません。オシムから話が少し逸れますが、私からするとここに日本のジャーナリズムと世界のジャーナリズムの差があるように思います。日本の場合、記者と取材対象者の関係が、「お伺いを立てる」という縦(上下)の関係になりがちですが、少なくとも私の知る海外の記者たちと、監督・選手の関係というのは対等です。対等な立場で議論をする、という基本的な人間関係があって、そこから話が始まる。

 もちろん、インタビューをお願いすればそれはフォーマルになりますから、形のうえでは「縦」の関係になります。特に原稿に書かれたものはそうです。しかしひとたびそれを離れれば、「横」になるのです。だから、こうした議論は当たり前のことであって、それはいくら「偉大なオシム」であっても変わりませんでしたし、彼もそれを望んでいました。

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