岐阜在中の歴史作家・鈴木輝一郎がゆるりとめぐる、戦国武将の史跡。
つい見落としてしまいがちな渋い史跡の数々を自らの足で訪ね、
一つ一つねぶるように味わい倒すルポルタージュ・ブログシリーズ開幕!

信長ファンの聖地?岐阜城のゆる~い楽しみ方


やはりここらで岐阜県在住の特権、戦国武将の直球をいきましょう。
「織田信長の岐阜城」
ところがさすがに織田信長、そうかんたんにはたどりつけません。
信長居館があった岐阜公園に向かい、さあ山頂の岐阜城にいこうかと、
金華山ロープウェイ乗り場へ。
地元では稲葉山のことを『金華山』と呼んでいます。
 

 


 
ここには、
織田信長の紋『織田木瓜』
明智光秀の紋『土岐桔梗』
斎藤道三の紋『二頭立波』
の横断幕があります。
まあ、家康は静岡か三河、秀吉はやっぱり大阪ですからな。
 

 


んでまあ、お約束どおり、ここにも織田信長&濃姫の顔ハメ看板があったのでパチリ。
 

 


岐阜市歴史博物館・土山公人先生によると、有名な南蛮胴・南蛮兜の織田信長の甲冑姿は、黒澤明『影武者』(1980年)以後のもので、史実とは無関係だ、とのこと。
言われてみれば、大河ドラマ『国盗り物語』(1973年)で高橋英樹の織田信長が着用していたのがこれ。
当時の地元の斎藤道三ブームは空前のもので、印象深かったなあ。
なぜ「信長ブーム」じゃないのか?
それ以前から織田信長は地元で人気だったから。
斎藤道三は地元の人間も知らなかった……


で、おもむろに──
そう、ここが織田信長の聖地だったのを忘れていました。
怒涛のような信長グッズが。

 

詳しい紹介は次回に。

〈了〉