「美しくなりたい」という女性の願いを叶えてくれるメイク。理想の美に近づくため、目を大きくみせたり小顔にしたりと、日々努力している人も多いことだろう。そんな現代人と同じくらい美に対して貪欲だったのが、江戸時代の女性たちだ。

 

日本の化粧の始まりは、3世紀後半頃の古墳時代までさかのぼる。ただし、この頃の化粧は儀式や呪術的な意味合いが強く、化粧が日々の習慣として庶民にも広まったのは、戦が無くなった江戸時代だったようだ。

この頃の女性たちの努力が垣間見える本が現代にも伝わっている。それが、文化10年(1813年)に出版された「都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)」(佐山半七丸著/速水春暁斎画図)だ。この本は江戸時代の化粧やファッション、立ちふるまいなどのテクニックを紹介したもの。100年以上にわたり繰り返し出版されるなど長く女性たちの支持を集め、後世の美容書にも大きく影響を与えた。

驚くのは、200年も前の本であるのに現代の美容雑誌と同じような内容が掲載されていること。鼻に周りより濃く白粉を塗ることで、低い鼻を高く見せる方法、まつ毛のあたりに薄い紅をさすことで、小さい目を大きく見せる方法など、メイクでコンプレックスを解消するテクニックが挿絵入りで詳細に解説されており、今見ても興味深い内容となっている。

こうした美容本を片手に日夜テクニックを磨いていたであろう江戸美人たちだが、その影には様々な苦労もあった。江戸時代の美しさの象徴は「色白」。顔だけでなく首や襟足、肩、胸元まで刷毛を使って白粉を丁寧に塗って肌を美しく見せていた。しかし当時、一般的に使用されていた白粉には鉛が含まれており、広範囲に塗ることから鉛中毒になる人も少なくなかったようだ。また、未婚・既婚を見分けたり、虫歯・口臭予防としても使われていた「お歯黒」は、錆びた鉄屑を米のとぎ汁や酢などに漬けた悪臭のする溶液に五倍子粉(ふしこ)という渋い粉末を混ぜて歯に塗っていた。これを3日に一度は付け直していたというのだから、当時の女性たちの苦労が忍ばれる。

家人が起きてくるまでに身支度をし、寝る間際まで化粧をしたままでいることが女性のたしなみとされた江戸時代。女性の地位からその立ち振る舞いまで厳しくされていた彼女たちの苦労は計り知れない。しかし、刻が過ぎた今の時代でも、地位は向上されたとはいえ、美しくあるため女性たちはその努力を惜しむことはない。時代の差異こそあれど、女心というものだけは健在のようだ。

姿見七人化粧・びん直し.