黒漆塗頭形兜 柴田家武将 賤ヶ岳合戦着用 伊澤家蔵

頭形兜(ずなりかぶと)には、古頭形(こずなり)・日根野形(ひねのなり)・越中形(えっちゅうなり)の3形式がある。この兜は日根野形で、日根野備中守弘就(ひねのびっちゅうのかみひろなり)が考案し、その子の織部正高吉(おりべのしょうたかよし)、孫の吉明(よしあき)の親子3代が製作した。人間の頭に似せたその形状から「日根野頭形(ひねのずなり)」と呼ぶ。

日根野備中守弘就は美濃国の豪族で、大桑城の城主であり、斎藤義龍(よしたつ)の執事であった。後に義龍とは不仲になり浅井長政に仕え、さらに信長、秀吉に仕えた。弘就の子の高吉も秀吉に仕え、孫の吉明は秀吉・家康に仕えて大名になっている。

本品は、鉄地黒漆塗下重五枚張の日根野頭形で、眉庇上(まびさしうえ)に祓立(はらえたて)を設けている。前立(まえだて)は月に叢雲がたなびく八日月で、和紙に柿渋をかけて金箔を押し、その上から漆をかけている。