<第55回>

10月×日

【「夜中 パンっ 破裂音 何?」】

 

テレビで放映されていた「アウトレイジ ビヨンド」を観た。

もう、すっごくたくさん、人が死んでた。

鑑賞中に中座してトイレへ行って、戻ってきたら、もう三人死んでた。

流れ作業のように、ピストルで人が死んでいくのである。

「口さみしいから、ガムを噛む」とか「寒くなってきたから、一枚羽織る」とか「ほしのあきがブログで勧めていたから、とりあえず買ってみる」みたいな気軽さで、「ムカついたから、ピストルを撃つ」という世界が、そこにあった。

こんな「すぐ死んじゃう」世界、とてもではないが自分には無理だと思った。

僕は「死にたくない」ことに定評のある男だ。

僕の「死にたくなさ」は五大陸に響き渡る。

通常の人の「死にたくなさ」が大江戸温泉物語なら、僕の「死にたくなさ」は湯布院である。そのくらい、僕は「死」について本格的にビビっている人間である。

とにかく、常に「死」を敏感に意識している。

例えば、夜道。ひとりで歩いているときに、誰かが背後から走ってくる音を察知しただけで、もうダメだ。

「刺される!」と瞬時にパニックに陥る。そしてすみやかに死を覚悟し「ありがとう、お母さん…」と心で唱える。

でも、当たり前だが、うしろから走ってきた人は「ただ道を急いでいた人」で、僕を追い越していく。

例えば、公園。ハチを見かければ「毒殺される!」と怯える。そのうえでカラスを見かけた日には「毒で死んだ僕の目玉をついばむつもりだ!」とプチ鳥葬されてる自分の姿を想像し、そそくさと公園をあとにする。

日常の中で特に強く死を意識する瞬間がある。

夜中、さて寝るかと布団に潜り込む。すると窓の外、近くの道路とおぼしき方面から「パンっ!」という銃が爆ぜたような不吉な音が鳴り響く。同じような経験のある方、多いと思う。

あの音を聞いたら、もう生きた心地はしない。

「クーデターだ!クーデターが勃発したんだ!」と、恐怖にかられる。

「僕は今夜、流れ弾に当たって、死ぬんだ!」と、布団の中で身体を「女房に見つかるとまずいレシートか」みたいにくしゃくしゃに丸めて、震える。

ある時、「パンっ」が二夜連続で続いた。

僕はたまらず、音の正体を暴き我が心を安息へと導くべく、「夜中 パンっ 破裂音 何?」でグーグル検索しまくった。

「銃が鳴る音」「ガス爆発の音」「ビンタの音」。インターネットからの回答は、ただ僕の恐怖心に油をそそぐものばかりであった。

納得できず、mixiの日記に(その当時はmixi全盛期であった)その音についての疑問を書き込んだ。

すると数日後、宅配業を営んでいる知人からの書き込みによって、あの音の正体をついに突き止めることができた。

なんだと思います?

あの音は、風船型のクッション材が破裂する音だというのだ。

パンパンに空気が詰まったクッション材である。宅配のトラックからなんかしらの理由で道に落ちたそれを、後続の車が踏みつけることで発生する音、それが「パンっ!」の正体なのだという。

かなり、納得した。

納得したが、それからもずっと「パンっ!」の音に怯えている自分がいる。

小さい頃から「死」に怯えていたわけではない。

幼少期は果敢にハチを掴んだり、鼻の穴にダンゴムシをいれたり、デパ地下の売り物の餃子を試食品と間違えてムシャムシャ食べたり、他人の家に土足であがりこんだりと、かなり命知らずであった。

20歳のある日、「死」を強く意識する出来事があった。その日から、ちょっとしたことでもビクビクするようになったのだ。

それは、小さな同窓会を兼ねて、僕の家に高校時代の友人たちが集まった時のこと。鍋でもしようということになり、皆慣れない手つきで準備を始めた。僕とHくんは野菜を切り分ける係りを担当することになった。

いつもは温厚なHくん。その彼が僕の横で包丁を握りしめた瞬間、こうつぶやいた。

「ねえ、いま、この中で誰が一番強いと思う…?」

頭が真っ白になった。「あ、おれ、死んだ」と思った。

それでも、なんとか己の「死にたくない」という一念にしがみつき、「またまたー」とか「もー、やめてよー」という言葉を連発し、Hくんの発言を強引に「冗談」の範疇へと収めた。

その後、つつがなく鍋パーティーは進行したが、僕はもう鍋の味などしなかった。口数が極端に減ったHくんが早く帰ってくれることを祈り続けた。

Hくんのあの発言の真意は、いまもって闇の中だ。そして僕の中に、死への恐怖だけが残った。

もし死んだら、ピストルとハチとクッション材と、あと鍋パーティーがない国の人に生まれ変わりたいと思っている。

 

 

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