リレー連載の第2回目です。今回は、論壇が存在感を失った言論活動の「いま」について、立命館大学教員の西田亮介さんにご寄稿いただきました。

 この原稿を書いているのが2014年の8月なので、筆者のような大学教員にとっては、いわゆる「大学の夏季休業期間中」にあたる。このように書くと、昨今はすぐさま大学教員の暇さ加減と浮世離れ具合が皮肉られるが、ポイントは「大学の」という点であって、個々の教員の夏休みを意味しないことが肝要である。

 大学教員の業務は、研究、教育、社会貢献、学務ということになっているから、そのうちこの期間は教育負担が軽減するので、とくに研究活動に邁進することになる。筆者のような人文社会科学系の教員の場合、資料の収集や腰を据えた長文の書籍の執筆にあたる。

 筆者はメディア研究を専門のひとつにすることもあって、今夏は文芸評論家江藤淳の著作を集中的に読み込んだ。江藤淳はかつての保守論壇の評論家で、夏目漱石や小林秀雄の評論で知られている。また戦後の言論空間が占領軍による言論統制によって構築されたものであり、戦後民主主義的言説がそれらの基礎に無自覚に展開されているかにみえることへの苛立ちを表明し続けた人物でもある。

 江藤の著作を読み返してみると、「論壇」での言説に頻繁に応答した軌跡を見出すことができる。このような応答は江藤に限ったものではない。新聞や、『中央公論』『正論』といった総合雑誌を中心に、多くの論客が議論を戦わせていた。そのような舞台装置こそが論壇にほかならない。

 筆者も数冊の著作を世に問い、専門分野に限らず、メディアで言論活動を行っているが、彼我の差に愕然とすると同時に、とても眩しく思う。批判や反論はいうに及ばず、インターネット上の断片的なものか、学会の専門的なものを除くと、目にする機会は少ない。

 他の分野の専門家が、どう考えたのか、それを知る機会は滅多にない。現代でも、いくつかの「総合雑誌」は残っているが、高齢者の読み物になっている。左も右も、懐古趣味的でイデオロギッシュな批判的言説か、歴史、医療特集が定番だ。

 昨今では、安全保障や地域、文化や流行など幅広い話題について特集し多様な専門家も登場するビジネス誌のほうが、はるかにかつての論壇に近い機能を果たすようになっている。おまけに週刊で、Webもある。

 このように書くと、読者のなかには、現在ではインターネットがあり、ソーシャルメディアもあって、自由に他者と議論を戦わせることができるようになったのではないかと考える人もいるかもしれない。

 ところが、よく考えてみるとそうでもない。現在では、舞台装置の選択に自明性がなくなり、また発信の容易さが、かえってコミュニケーションコストの増大を生み出した。情報発信と双方向の議論に必要なコストは低減したが、なぜ、その媒体で議論をするのか、そもそも「議論」とはなにかという自明性が喪失した。

 たとえば、ブログのアグリゲーションサイトのコメント欄は、論破したか否か、揚げ足取りばかりで、結局建設的で、創造的な議論が行われていることは滅多にない。筆者が、議論に参加したり、批判に納得しているようなことは極めて稀で、ただただ不毛な炎上が生じていることが大半である。

 あらゆる人物が、あらゆる質問を投げかけ、あらゆる揚げ足が取られる舞台は、必ずしも自由闊達な言論活動を促進しない。本業として、学会や同業者など発言する場としての学界がある研究者にとっては、実は一般向けの読者を対象とした執筆や言論活動があるので、快適ではない媒体で積極的に発言する誘因をもたず、専門領域への特化を促しかねない。

 規範的に「そうすべきではない」ということは簡単だが、そのような声が届くとは限らない。研究者に限らず、規範的な要請が届くことは多くはない。「選挙にいくべき」「社会問題に関心をもつべき」「家庭を返り見るべき」。さまざまな水準の規範的な要請は、現実的な制約の前には多かれ少なかれ無力である。

 生業として物を書くという作業は、確実に年々難しくなっている。出版不況、媒体の喪失、印税や原稿料、取材費といった諸条件も、筆者が活字を書き始めた2000年代末とくらべても確実に悪化している。

 かつて、かろうじて共通項と思えた媒体や論壇は、確かにその権威主義的性質は完全に脱構築されたという意味では喜ばしいが、その存在自体が不透明になり、分野を越えた言説と議論を架橋する機能も自明のものではなくなった。

 いま言論活動を行うということは、同時に誰に、どのようにして届けるのか、ということまでも、書き手自身が考えていかなくてはならない局面を迎えている。かつては媒体やそのブランド力に頼ることができたが、どうも昨今は期待薄である。仮に引き立ててくれる幸運に預かったとしても、かつてと同じような地位を望むことはできまい。

 かつて、社会学者の宮台真司は、論壇は暗黙裡に文脈を共有したものだけが参加して、社会的に意味のない「お座敷芸」に過ぎないと指摘し、そこから見た不可視な領域で、説明困難な動機のもと援助交際が起きていることに光をあてた。年長世代の評論家西部邁に「退場しろ」と迫り、西部が席を立った様子は確かに、論壇の、社会からの退場を象徴した。

 それから15年がたって、確かに、社会と専門家がときに参照し、広く知識と言論の交流を促す論壇はすっかりその存在感を失った。そもそも出版不況のなか、専業での言論、評論それ自体が難しくなりつつもある。大学や起業家など専業をもったうえでの、副業としての言論が主流である。

 「それでも、なお」。そのように思える言論と言論活動は、どのようなものか。そしてそれらはいかにして可能か。目下の個人的な関心は、ジャーナリズムの再定義と、冒頭取り上げた江藤が関心をもった日本の言論の下部構造の現代的意味の再考にある。

 彼我の時代の差異を、ただ羨ましく思うのみならず、それらのあり方について暗中模索していきたい。
 

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