<第57回>

11月×日

【「ぽけっとてぃっしゅ」(前編)】

 

いま、僕は非常に危険な状態にある。

ティッシュ配り バイト」で検索。

検索結果に現れる、無数の「ティッシュ配りのアルバイト体験談」。

やはりというか、意外というか、あのティッシュ配りにはかなりコツが必要らしく、相当の手練れにならないとノルマを消化することはできないという。

とあるサイトにそのコツが書かれていた。

「渡したい相手に目を合わせ、緊張感を感じさせないように自然と間合いに入っていくのがコツ」。

僕はそれを読んでこう思った。「誰が習得したいんだ、そのコツ」と。

実際、多くの人がそのコツを習得する前にバイトを辞めていくという。

それは、そうだろう。「ティッシュ配りのプロ」になりたい人間など、この世にいるはずがない。もし中学の卒業文集で「将来の夢はティッシュを配る人です」などと書いたら、即三者面談が開かれるはずだ。

ティッシュに対する情熱もモチベーションもないまま、彼らは空っぽの気持ちでティッシュを配り続けている。そんな荒んだ世界で、プロなど生まれるはずがない。

ティッシュ配りの退廃的な世界を見事に表した光景を、見たことがある。

新宿駅前。そのアルバイターは、ジーンズに黒パーカーという、「これぞティッシュ配りの基本衣装」とも言うべきファッションスタイルでティッシュを配っていた。

ジーンズに青Tシャツだとアップルストアな高級感が出るというのに、どうしてジーンズに黒パーカーだと三食卵かけご飯感が出てしまうのか、謎である。

で、その貧相な彼の黒パーカーには、あろうことか、「洗濯機で一緒に洗ってしまったティッシュ」がびっしり細かく、付着していた。

黒地に散った、ティッシュの残骸たち。それは残酷な最期を迎えたティッシュの死体にも、またこの世に無念を残したティッシュの返り血にも見えた。

それを平気な顔で着ている男が、ティッシュを配っている。

配られているティッシュたちも、「明日はわが身か…」と震えている。仲間たちの無残な姿を目の当たりにして、生きた心地などするはずがない。

ティッシュに対して、血も涙もない男。それがそのアルバイターだった。

もちろん僕は、そんな男からティッシュを受け取るはずがない。

というより、基本的にはどんなティッシュ配りからもティッシュを受け取らない。「知らない人からモノをもらってはダメよ」。それが亡き曾祖母の教えだったからだ。

しかし、革命が起きた。

(次回に続く)

 

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