<第59回>

11月×日

【「世界一周 ブログ」】

 

「世界一周旅行」。

男なら、誰しもが一度は憧れる響きである。

バックパックをかつぎ、世界の国々を流浪に旅する。さまよい辿り着いた安宿で、薄明かりのランプの下、世界中から集まった旅行者たちとひとつの鍋を囲んで語り合う。破れたジーンズ。時にはヒッチハイク。自分だけで作る地図。ポケットのコイン。HEY、行き先は風に聞いてくれ…。

と、このように、「世界一周旅行」に対するイメージを書き連ねているだけで、藤井フミヤによってプロデュースされたかのような段落がさっそく誕生した。普段、自分は「水に味があったらいいのに」とか「グラビアアイドルと付き合いたい」とか「この膝のかさぶた、いずれ食べたいなあ」などといったプレハブ小屋のようなことしか考えていない。しかし「世界一周旅行」という言葉に触れたとたん、このように清く美しく中田英寿な自分が発露する。おそるべし「世界一周旅行」、である。

青き日、「世界一周旅行」に憧れていた。異国の村から村へとローカルバスを乗り継ぎ、ゆるやかな時間の流れに身をまかせる。そんな詩のような未来を夢描いていた。いつか時が来たら、何年もかけて世界を旅するのだと、自分にかたく誓った。

しかし、時は来ず。日々に忙殺され、夢は遠くへと霞んだ。

居酒屋のトイレに貼ってある「99万円で世界一周」を謳った、胡散臭いんだか胡散臭くないんだかよくわからない船旅のポスター。その文句に目を細め、若き日の夢をそっと思い出す。そんな、つまらない大人になってしまった。

ふと「世界一周 ブログ」で検索をかけた。

地球上に散らばった、旅人たち。僕の叶えられなかった夢を、叶えている人たち。

そんな彼らが旅をしながら綴っている日記。それを覗くことで、あの頃叶えられなかった夢を自分も追体験してみたい。

照れ隠しを一切せずに言う。僕は見知らぬ旅人に、ささやかな遠き日の想いを重ねたくなったのだ。

きっと旅人たちの日記には、詩が溢れているに違いない。僕の知らぬ異国の香りがあり、大地との会話があり、いくつも空の色があるに違いない。ああ、心の中の藤井フミヤ(もしくは大沢たかお)が騒ぎだす。

グーグルが検索結果を示す。

「にほんブログ村」というサイトが出てきた。

「にほんブログ村」では、様々なブログがテーマごとにわけられていた。ブロガーたちは「ランキングシステム」に参加することで、そのテーマ内での人気順を競うことができるらしい。

「世界一周旅行」をテーマに綴られたブログたち、それも人気ランキング形式で載っていた。さっそく上位のブログから閲覧していく。

旅人たちは、世界各国からブログを更新している。そこには、こんなことが綴られていた。

「いまインドです。お願いします!クリックしてください!」

「いまグルジアです。あと少しで順位が上がりそうなんです!」

「いまコロンビアです。読んだらクリックしていってください!」

詩がない。異国の香りがない。空の色がない。

そこにあるのは、クリックの亡者と化した旅ブロガーたちの、切なる叫び声だけであった。

世界に飛び出たというのに「にほんブログ村」なる村から抜け出せていない彼らに、いまだ世界一周旅行へのだらしのない憧れを抱いているというに日本から飛び出せていない自分とが重なった。心の中で、彼らの旅にエールを送った。

でも、意地でもクリックは押さなかった。

 

 

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