◎日本で6番目、624万人もの人口を抱える千葉県の意外に知らない歴史が詳らかに!
◎千葉大学で教鞭をとっていた千葉在住の著者が、3年かけて歩き続けた千葉の地名の由来!
◎なぜこれほどまでに、千葉に由来する地名が全国に存在するのか!?…etc.

千葉県は成り立ち上、古くから全国の各地と密接につながっていました。安房の国・上総の国・下総の国はもともと阿波の国(現在の徳島県)の忌部(いんべ)氏が移住してできた歴史があるのです。また九十九里や銚子が紀州の人々によって開拓された事実、そして平安末期から鎌倉期にかけて千葉常胤の活躍によって全国に千葉氏の勢力が広がっていきました。千葉県はまさに日本史を理解する上で重要な位置を占めています。
そんな『千葉 地名の由来を歩くより』より選りすぐった項をご紹介します。

県名になった「千葉」の由来とは!

 廃藩置県を経て、千葉県には明治四年(一八七一)一一月、「印旛県」「木更津県」「新治県」ができました。
    そのうち「新治県」は茨城県に統合されていき、残された「印旛県」と「木更津県」が統合されて「千葉県」となったのは明治六年(一八七三)六月のことです。県庁は千葉町に置かれました、このあたりが新生千葉県のいちばん要になる位置だと判断されたのでしょう。
    現在の千葉市の地に町が誕生したのは大治(だいじ)元年(一一二六)千葉常重(つねしげ)が亥鼻近くに館を構え、町を整備したことによるとされています。

 常重の息子が本書で多く登場する千葉常胤(つねたね)です。
   平成二八年(二〇一六)はちょうど千葉開府八九〇年に当たります。
 『千葉市史 第一巻』(一九七四年)によれば、「千葉」の由来として次の三つの説が提示されています。

①羽衣伝説に系統を引くもの
②霊石天降伝説に系統を引くもの
③草木の葉の繁茂する様を形容したとする説

 これらを文献に基づいて紹介しましょう。