「歴史戦」が苦手な日本が、弱肉強食の国際社会の中で生き残っていくためには、冷静に歴史を検証し、他国がどう日本をみているのかを知る必要があります。人気論客二人(高山正之×川口マーン恵美)が語る、日・米・独の歴史。新刊発売記念・短期連載第1回目のテーマは、『白人支配が広がった19世紀』です。

出遅れたドイツの植民地侵略

髙山 19世紀以降の世界史は「白人支配」が広がる時代でした。はっきり言えば、「白人」が「非白人」を奴隷にし続けた〝暗黒史〟です。戦後70年の安倍談話も、「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました……」というはじまりでしたね。

「植民地」というのは体裁よく言っているだけで、実際は国家規模で経営する「奴隷農場」「奴隷工場」だった。要するに、力づくでイリーガル(不法)に富を搾取するというのが、植民地開発だった。

川口 いまだって、植民地とは言いませんが、欧米のやり方は同じようなものです。

髙山 アジアでは日本さえいなければ、欧米の植民地支配はさらに、たぶんいまもスムーズに続いていたでしょう。

 帝国主義者であり、『ジャングル・ブック』の作者として有名なラドヤード・キップリングは、「白人はそのバカで残忍な有色人種の国に行って苦労するがいい。彼らに色々教えるがいい」と〝白人の責務〟について語っています。

 そのキップリングが明治22年に来日したときのことを書き残しています。「宝石みたいな国。道もきれいで、人もよくて、田園もまるで絵みたいだ」と。そして「ここもやがて、アメリカの貝殻ボタンの政策コロニーになるだろう」と結んでいます。これが、あの頃の白人たちの常識だった。

川口 そのような白人の植民地支配は、1884〜85年の「ベルリン会議」が背景にありますね。

髙山 ドイツのビスマルクの呼びかけで当時の列強諸国が、アフリカ分割の原則を決定した国際会議ですね。そこで締結されたベルリン条約によれば、「どの国も未着手のところをとったらその国のものになり、その奥地も同様である」という。つまり、海岸線のソマリアを取ったら、奥のエチオピアの占有権も主張できてしまう。

川口 当時、ドイツはアフリカ分割に出遅れていました。アフリカでもおいしいところは全部イギリス、フランスにすでに取られてしまっていたので、残っていた大陸西岸のナミビアに、ドイツが進出をはじめました。

 ナミビアにはへレロ族をはじめとする様々な部族が住んでいましたが、ドイツが支配をはじめると、これはフランスとかイギリスの真似をしただけかもしれませんが、彼らに非常に残虐な仕打ちを行いました。

髙山 そのときの残虐行為の写真が、現在も数多く残っているみたいだね。

川口 はい。鎖で繋いだり、手を切り落としたり。皆、ガリガリに痩せちゃって。

 これに耐えかねたヘレロ族は20世紀初頭に反乱を起こし、現地のドイツ人を何十人か殺してしまった。怒ったドイツは軍を派遣してこれを徹底的に鎮圧、ヘレロ族の八割方を皆殺しにしました。ひとつの民族がほとんどいなくなったので、「20世紀最初のジェノサイド」と言われているほどです。

 

*『日・米・独―10年後に生き残っている国はどこだ』 高山正之×川口マーン恵美(KKベストセラーズ)より抜粋