習近平は、これまでの国家政策を経済優先から軍事優先に変更し、軍事権を掌握した独裁体制を目指す。

 

際立つ対外強硬姿勢

 習近平政権の最大の危うさは、まず対外的な強硬姿勢だ。

 振り返れば習近平政権が誕生する二年ほど前の二〇一〇年秋、日中間で尖閣諸島をめぐる対立が激化したころ、中国の泡沫的タブロイド紙には「米中開戦」とか「日中開戦前夜」といった見出しがよく躍った。

 知り合いの中国人記者にその理由を聞くと、低価格の大衆タブロイド紙を買うのは、低所得の労働者層。彼らは社会に対する不満と鬱屈(うっくつ)をつねに抱えているが、その批判の矛先(ほこさき)を政府や政策に向けることは許されない。そこで、日本や米国をバッシングしたり、戦争でやっつける、といった妄想記事はそういう不満を解消させるのに一番安全で、好都合のテーマなのだという。日本は中国の労働者にとって豊かさの象徴であり、日系企業で働く労働者も多い。自分たちより豊かな日本を批判したたけば、多少の憂さも晴れる。

 また、日ごろ中国共産党の政治に不満を持っている人たちも、中国が米国や日本と戦っても、勝てるという妄想は、自分たちの中にある中華民族の優秀性を認識できるという意味でも楽しいものだったということだ。

 こうした傾向は、当時話題になった本などからもうかがえた。軍人学者が書いた二冊の本がある。一冊は国防大学軍隊建設研究所所長で大佐の劉明福(りゅうめいふく)[退役軍人で、かつて国立防衛大学でも教鞭をとり、米中関係の専門家を称する]による『中国夢』(中国友誼出版)。

劉明福著『中国夢』

もう一冊は解放軍空軍上将の戴旭(たいきょく)[河南省出身]による『C型包囲』(文滙出版)。

戴旭著『C型包囲』

 この二冊は、ポスト米国時代の中国の大国への道を説いた戦略書であり、中国は近未来に米国との軍事的闘争を勝ち抜いて、米国に代わる大国になるのだという夢を語っている。そのプロセスで日本も打ち負かすことになっている。学者や知識人だけでなく一般人にもかなり読まれ、メディアでもさかんに取り上げられた。

 劉明福の著書名となる「中国夢」、つまり中国の夢、チャイナドリームは、その約二年後に登場する習近平政権のスローガンになった。劉明福は著書の中で、米国の包囲網(ほういもう)に対抗してG2[アメリカと強大化する中国が世界を二分し、中国がアジアを仕切るという論]時代、G1[アメリカ一

極体制から強大化する中国一極体制へととって代わるという主張]時代を切り開く強い政治的リーダーが中国には必要だと訴えていた。

 胡錦濤政権時代の中国の官僚たちは、こうした軍人の夢、妄想にあまり踊らされない国際社会に対する現実認識を持っていた。

 ところが習近平は、こうした世論の空気に影響を受けた。劉明福の書いた本の要請どおり、米国に対抗する〝強い指導者〞になりたいと考えたのだ。あるいは、中国の低層社会に蔓延(まんえん)する貧困や差別に対する不満を、指導者の対外強硬姿勢で解消するのが良策であると判断したのかもしれない。

※福島香織著『赤い帝国・中国が滅びる日』新刊発売記念、集中連載!

 

著者略歴

福島香織(ふくしま・かおり)

1967年、奈良県生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社大阪本社に入社。1998年上海・復旦大学に1年間語学留学。2001年に香港支局長、2002年春より2008年秋まで中国総局特派員として北京に駐在。2009年11月末に退社後、フリー記者として取材、執筆を開始する。テーマは「中国という国の内幕の解剖」。社会、文化、政治、経済など多角的な取材を通じて〝近くて遠い国の大国〟との付き合い方を考える。日経ビジネスオンラインで中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス、月刊「Hanada」誌上で「現代中国残酷物語」を連載している。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」水曜ニュースクリップにレギュラー出演中。著書に『潜入ルポ!中国の女』、『中国「反日デモ」の深層』、『現代中国悪女列伝』、『本当は日本が大好きな中国人』、『権力闘争がわかれば中国がわかる』など。共著も多数。