赤い帝国・中国の指導者である習近平主席は実にしたたかで強引な性格の持ち主。中国人との交渉で想定すべき人物の象徴ともいえるかもしれない。

「日本は中国にとって北京ダックと同じで三度おいしい」

 中国とその国の国民に対して、一日本人としてどのように向きあい、人間関係を築けばよいのだろうか。

 まず、中国という国、そしてそこに住む人たちの特性を理解することが重要だ。中国の外交、とくに対日外交は上述したように、かなり内政的理由が絡む。中国の官僚たちの間で、日本は北京ダックと同じく三度おいしい、という笑い話がある。北京ダックは皮を味噌とネギを合わせて餅に包んで食べ、肉は野菜と炒めて食べ、骨は老鴨湯と呼ばれるスープにして食べる。つまり骨から皮まで余すところなくおいしく食べられる。日本も同じで、骨から皮まで中国共産党にとって無駄なく利用価値がある、という。

 日中戦争の歴史を持ち出せば、共産党の正当性を主張できる。中国経済がひっ迫するとO DAなど経済援助をしてくれる。社会不満が溜まれば尖閣問題をとり上げ、反日でガス抜きできる。まったくもって、日本は中国共産党にとって都合のいい国であり、三度おいしくいただける、というわけである。

 日本が黙って利用されているお人よしの国である、という揶揄であるが、まんざら誇張でもないので、怒るに怒れない。日中間には、本当に助けられて恩にきたり、報いたりといった義理人情や信頼関係が生まれる余地があるのかないのかは、あえて言明しない。個人や家族同士の付き合い、あるいは会社同士の付き合いでは、ひょっとするとこうした義理人情関係は育めるかもしれない。

 だが、国家レベル、あるいは国民性という大きな枠組みで分類的にいえば、だます人よりだまされる人のほうが愚かである、という価値観が根強い国である。

 おそらくは、それはあの大陸を舞台に起きてきた長きにわたる戦乱、動乱、混乱の歴史が育んできた価値観である。中国五〇〇〇年の歴史、などというが、王朝を一つの国家と考えれば、中国とは国家の興亡が繰り返されてきた土地なのである。そして、いま国家の支配権をとっている漢民族は中国における国家興亡史の中で、むしろ被支配民族としての歴史が長い。

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