いじめに遭っている子どもは苦しい思いをしています。なのに、なぜ子どもはいじめに遭っていることを親に打ち明けられないのでしょうか。そこには、親の期待に応えたいがために追い込まれてしまっている子どもの姿があるのだとか……?

傍観者がいじめを悪化させてしまう?

いじめは、いじめっ子(加害者)といじめられっ子(被害者)の二者関係だけで起こるわけではないと、森田洋司・大阪市立大学名誉教授は指摘している。

はやし立てておもしろそうに眺める観衆と見て見ぬふりをする傍観者も加わった四層構造になっているのである。(森田洋司『いじめとは何か―教室の問題、社会の問題』中公新書、2010年)。

観衆は、自分でいじめに直接加わるわけではないが、周りでおもしろがり、はやし立てることでいじめを是認する。いじめに肯定的なメッセージを送って、火に油を注ぐようなことをするわけである。

傍観者が、いじめに対して見て見ぬふりをするのは、何よりも自分がいじめの被害者になるのが怖いからである。他の誰かがいじめのターゲットになっているかぎり、自分はいじめられずに済むと考えて、スケープゴートを見てむしろ安心しているような傍観者だっているかもしれない。

このような傍観者の存在が、いじめをのさばらせる構造になっている。それが森田先生の指摘である。

何よりも怖いのは、こうした四層構造では、傍観者も観衆も、いじめに加担しているという意識を持ちにくいことである。当然、加害意識も罪悪感も抱かずに済む。

その結果、いじめへの抑止力が働かず、加害者や支配者の暴走に歯止めがきかなくなってしまうのである。

 

 

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