先人から学ぶ、洒落た大人の小噺『艶笑譚』


 酒が進むと、話題は自然と下ネタのほうへ進んでしまうのは今に始まったことではない。成人していれば、誰もがそうした場面に遭遇した経験はあるものだろう。しかし、今の時代は言葉に気をつけなければ、相手が異性の場合はセクハラ問題へと発展しかねない。そんな世知辛い世の中でも、先人の豆知識的な要素を含んだ「艶笑譚」なら、クスリと笑いながら場も和むのではないだろうか。

 もともと、艶笑譚というのは、翌年の豊作を祈念して流布されたものだという。今のように品種改良された農作物があるわけでもなく、農業においては悪天候の煽りをまともに受けてしまうというのが常だった。そのような時代には、人々の死因を占めるものとして餓死も多かったという。家族の数が減ればそれだけ畑を耕す者も少なく、必然的に「産めよ増やせよ」といった風潮になることは致し方のないことだったのだろう。生活がかかってくるだけに、各家庭では子作り問題は深刻なものだった。
 しかし、現代と違って、当時はメディアなど皆無の時代。いくら子どもが欲しいとはいっても、四六時中、盛りのついた犬のように欲情するというものでもない。そこで当時の人々は、結果的には家族が増えて豊作祈願になるといった意味合いも込め、艶笑譚と呼ばれるお色気話を編み出した、というのだ。とくに冷害に苦しんだ東北地方には、こうした話が多く伝わっている。
 ただ、この艶笑譚には、今でいうところの「大人のジョーク」的な要素がふんだんに盛り込まれている。たとえば、男女の交わりにあるエピソードを、女性視点から語った話が次のものだ。


「シシかグスミチかフニか」

 昔、ある島に住む年頃の三姉妹が世間話をしていた。そこに海から船が近付いてきて、若い漁師が降りてきた。娘たちは年頃ということもあり、褌姿の漁師を見て男の逸物は果たして何でできているのか、という話を始めた。

 一番下の娘は、「あれはシシ(肉)だと思う」といえば、真ん中の娘は「あれはグスミチ(軟骨)よ」と言い返す。最後に黙って聞いていた一番上の娘が「あなたたちは何も知らない。あれはフニ(骨)なのよ」と言った。なかなか話がまとまらず、ついに姉妹は確かめてみようということになった。

 さっきの漁師は木陰で昼寝を始め、褌の裾からは話題のものがはみ出している。

 最初に一番下の娘が触って確かめ「やっぱりシシ(肉)だわ」というと、続いた真ん中のの娘は「いえいえ、グスミチ(軟骨)じゃないの」という。そして一番上の娘は頬を染めて「フニ(骨)に違いない」となる。触ってみても意見が一致しないため、今度は3人同時に確かめようと漁師のもとに向かうことにした。

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