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『きのふはけふの物語』(寛永頃)に、つぎのような話がある。

ある人が医師をこころざし、漢籍の医書で勉強を始めた。読んでいて理解できない箇所があると、そこに糊で付箋を貼る。それを見ていて、妻がたずねた。「なぜ紙を貼るのですか」
「これは不審紙(ふしんがみ)といい、合点のゆかぬところに付けておいて、あとで師匠に問う。そのため、不審紙という」
「なるほど。あたしも不審があります」
そう言うと、妻は紙を小さく切り裂き、唾をつけて夫の鼻にぺたんと付けた。
「これはどういう不審じゃ。わしの鼻に不審はあるまい」
「世間では鼻の大きい男はあそこも大きいと申します。おまえさまは鼻が大きいにもかかわらず、あそこは小さい。それが不審です」
夫はうなずき、
「もっともじゃ。わしにも不審がある」
と、女房の頬に紙きれをぺたんと貼った。
「これは、どういう不審ですか」
「世間では、頬の赤い女はへへが臭いという。そなたの頬は白いが、へへは臭い」

「へへ」とは女の陰部のこと。笑い話であるが、当時の俗説がよくわかる。鼻の大きな男は巨根という説は、いまも生きているようだ。寛永(1624~1644)のころの俗説が現在も、つまり400年にもわたって続いていることになる。もうひとつの頬と陰部については、つぎのような笑い話が『無事志有意』(寛政頃)にある。

商家の旦那が家族や奉公人を引き連れ、大勢で向島に摘み草に出かけた。みなでしゃがんで草を摘んでいると、ひとりの下女の陰部に蛇がはいりこんでしまった。
「きゃー」
と叫び、下女は気絶する。
「医者を呼ぼう」
大騒ぎしているところに、近くにある、鯉料理で有名な武蔵屋の奉公人が通りかかった。奉公人は様子を知るや、言った。
「お気遣いなされますな。そのうち、蛇は出てきます」
しばらくすると、蛇が弱り切って陰部から出てきた。みなは驚き、口々に言った。
「これは不思議じゃ。どうして出てくるとわかったのか」
「ちょいと、見どころがありましてね」
男はニヤニヤしている。旦那も興味をひかれ、
「では、その見どころとやらを伝授してくれ」
と、金二分を渡した。もったいぶって男が言った。
「これは秘伝なのですが、教えてさしあげましょう。はいりこんだ蛇がすぐに出ると見抜いたのは、顔です。あの女の顔をごらんなさい」
「顔がどうした」
「頬が赤い」

陰部の臭気に耐え兼ね、蛇は退散したというのがオチになっている。「頬の赤い女は、あそこが臭い」というのは根強い俗信だったようだ。それにしても、女の陰部に蛇がはいりこむというのは、民話もふくめて多数ある。はたして、そんなことがありうるのかどうか。もちろん、江戸時代の女の下着は、腰に布を巻くだけの腰巻(湯文字)だったから、秘所は直接外気にふれている。しゃがんで股をひろげたときなど、物理的には可能かもしれない。しかし、はたして蛇がみずからはいりこもうとするだろうか。

ともあれ、鼻と陰茎の関連、頬と陰部の関連は、ともに科学的な根拠はないようだ。