歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)、また歴史上の人物同士の相性を読み解く。今回は、一昨年の大河ドラマで大ヒットした軍師、黒田官兵衛について鑑定を行う。

黒田 官兵衛:(1546-1604)

生年月日:天文15年11月29日(グレゴリオ暦1547年1月1日)

それでは、上の命式表を見ながら鑑定していく。

 

■黒田官兵衛の本質は、雨のように静かで人に尽くすことが好きなタイプ
日柱の干支(かんし):「癸未」(みずのとみ)
「夏」の「雨」を表す。カンカン照りが続き、乾ききった大地に降る、あり有難い雨のイメージ。同様に「癸未」を持つ芸能人として、小栗旬や黒木メイサがいる。「癸」の人は、基本的に雨にように静かで、人に尽くすことが好きな人が多い。セラピストや医師が多いのもこのタイプである。人の役に立つ事の好きな、物静かなイメージだったのだろうか?官兵衛は、小寺則職・政職父子に仕え、織田信長に仕え、豊臣秀吉に仕えた。自身が仕えた相手には一生を賭して働こうという気概を持っていたことだろう。「癸」は「水」の「-(マイナス)」。水はどんなものにも形を変えることができるので、柔軟性は抜群。官兵衛は「軍師」として、様々な場面を柔軟に対応し、まさに縁の下の力持ちとして活躍した。

続いて、通変星、蔵干通変星、十二運星を見て性格について見ていく。
・主星「比肩」:一匹狼、頑固で意地っ張り、そして負けず嫌いの星。
・自星「偏官」:行動力、攻撃力の星。
「比肩」と「偏官」を持ち合わせることで、爆発的な攻撃力が発揮される危険な星にもなりうる。物静かな外見の裏側には、強い闘争心が渦巻いていたのだろう。関ケ原の戦いの後、武功を挙げ家康から右手を取って褒められたことを喜ぶ長政に対し、「その時お前の左手は何を為したるか?」(=なぜ左手で家康を殺さなかったのか?)と発言したと伝わるが、天下を目指す意識を強く持っていたとも考えられる。
・「印綬」:習得本能が強く、とっても頭のよい星。
官兵衛は、幼い頃に母親を亡くし、勉強漬けの日々を送ったと言われる。官兵衛の残した数々の偉業は、まさに知恵をもってしてこそ。官兵衛は戦国武将としては唯一、戦で全勝している。それは、官兵衛の冷静な判断により、状況を読んできたからともいえる。播磨で小寺氏に仕えていた頃、毛利家と織田家のどちらにつくべきか選択する場面で、周りの反対を押し切って織田家側についている。また、本能寺の変を知るやいなや、信長の死が毛利に知られる前に、毛利家と戦を停戦し、京まで軍勢を引き返す、いわゆる「中国大返し」を秀吉に進言している。また、三木城、鳥取城への兵糧攻め、備中高松城の水攻めは官兵衛の策であったと言われる。
・「正財」「偏財」:人脈の星。人脈に恵まれ、気遣いができた。
黒田二十四騎、黒田八虎と呼ばれるように、官兵衛の家臣団は精鋭揃い。栗山利安(善助)は、官兵衛から最も信頼を受け、有岡城に幽閉されていた官兵衛を救い出したことで知られる。また、槍術に優れた剛力の勇将、母里友信(太兵衛)は、その武功と酒豪っぷりから「酒は飲め飲め 飲むならば~」の黒田節冒頭にも登場する。
また、「正財」は男性にとって結婚運の星。戦国大名の中では珍しく側室を持たなかったことでも知られる官兵衛。妻・光(てる)という素晴らしい伴侶と出会い、ただ一人を愛し続けたのは、結婚運に恵まれていたからだろうか?
・「偏財」+「絶」:人から裏切りを受ける、だまされやすい星
官兵衛は、生涯で壮絶な裏切りを経験している。最初の主君であった小寺政職と有岡城主、荒木村重が結託し(諸説あり)、有岡城内の土牢に幽閉された。その期間、およそ1年。その後遺症は生涯続き、左足の関節に障害が残り、歩行や騎行に不自由した他、頭部がただれ、頭髪が抜け落ちて禿頭になったとも言われる。主君の裏切りに遭い、その牢獄での心中はいかばかりだったろう?
・「建禄」:強いパワーを持った王子様の星。努力の星。
エネルギーを持っていて、目標に向かって休みなく前進できる。だからこそ、福岡城主、一戦国大名になるという成功を収めることができたのだろう。

 

今回の鑑定結果について、薩摩黒田家ご当主で、官兵衛の血を継いでいる黒田清久氏に見解を伺った。「黒田家には代々、官兵衛の教えである『水五訓(みずごくん)』が伝わっている。水は生命の源であり、水はどんなものにも形を変えられるが、本質は変わらない。晩年、官兵衛が如水と名乗ったが、『水五訓』は、我々に水の如く生きるよう戒めているものである。その意味で、命式の日柱の干支が「癸」であるということは納得。柔軟で冷静な人物だったのだろう。また、主君に裏切られ有岡城に幽閉された時でも、度重なる戦の場面でも、立ち回って来られたのは、「印綬」による判断力と、水の如く変わらない本質があったからだろう。」

薩摩黒田家ご当主の黒田清久さん(左)と筆者

「おもひおく 言の葉なくて つひにゆく みちはまよわじ なるにまかせて」
官兵衛の辞世の句として知られる。主君に裏切られ、土牢でさぞ辛い思いをしたことだろう。また、一時は天下を目指したのかもしれない。しかし、この歌のように全ての運命を運命として受け入れる姿勢は、官兵衛の冷静な判断力と、水のような柔軟な姿勢があったからだろう。

■四柱推命とは?
古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。
具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。また、命式表を照らし合わせ、他者との相性鑑定もできる。
ここでは、「国史大辞典」に記載されている生年月日を、「和洋暦換算事典」を用いてグレゴリオ暦に換算し鑑定している。
■用語説明
日柱の干支:その人の本質を表す重要な部分
主星(しゅせい):月柱の蔵干通変星で、その人を表す最も重要な星。主に仕事運を表す。
自星(じせい):日柱の蔵干通変星で、その人のプライベートな部分の性格を表す重要な星。