“フットボール”というコトバ、実は奥が深い。それは社会的、文化的文脈の中で様々に意味合いが変わっていくものだ。以下に、サッカーライター清水英斗氏の著書『3時間でサッカーの目利きになる』コラムを抜粋する。あなたは“フットボール”と聞いてどんなスポーツを思い浮かべますか?

国や文化の数だけフットボールの形がある 

 ずいぶん昔の話ですが、僕はあるアメリカ人に対して、こんな質問をしたことがあります。

「Do you like football?」

 彼は「Yes」と答えます。僕は共通の話題を見つけたと思いました。そしてトークに花を咲かせようとしたのですが、どうにも話がかみ合いません。しばらくして、僕は理解しました。彼が話していたのは『アメリカン・フットボール』、つまりアメフトのことだったのです。

 『フットボール』というコトバ、実はそんなに単純ではありません。

 そもそもフットボールは、学校や地域によってそれぞれが異なるルールで勝手にプレーされていました。共通点は、広いピッチで相手のゴールを目指してボールを叩き込む、それだけ。手を使ってOKだったり、NGだったり、試合時間もバラバラでした。しかし、それでは対外試合のときに不便ということで、19世紀になってから統一ルールが整備されます。

 手を使えないフットボール、つまりサッカーは『アソシエーション式フットボール』という名称になり、ラグビーなどと分化が進んでいきます。アソシエーション=組織なので、より組織的なフットボールという由来です。さらに当時のイギリスでは、名詞に“er”を付ける呼び方が流行ったため、Associationをもじり、soccerという名称に変化しました。

 いわばサッカーは、“手を使えないフットボール”の正式名称なわけですが、「フットボールといえば、アソシエーション式に決まっている」という欧州や南米では、わざわざサッカーと呼ばず、単純に「フットボール」と呼びます。

 その一方、「フットボールといえばアメフト」であるアメリカでは、「サッカー」という区分け名称を用い、また、アメリカの影響を強く受けた日本でも「サッカー」。さらにオージー・フットボールやラグビーなど、さまざまなフットボールが盛んなオーストラリアでも「サッカー」、ゲーリック・フットボールが盛んなアイルランドでも「サッカー」、カナダや南アフリカ共和国も「サッカー」です。フットボールと単純に呼んだとき、何を示すのか? それはその国の歴史でもあるのです。

 
 

サッカー、ラグビー、アメフト、みんな“フットボール”だ。

(『3時間でサッカーの目利きになる』をもとに構成)