近年、「事実婚」「週末婚」「通い婚」「別居婚」など、結婚の形は多様化しています。では、「夫婦の形」「パートナーシップの形」はどうでしょうか? 同時に複数の人と合意のうえで性愛関係を築く「ポリアモリー」を論じた『ポリアモリー 複数の愛を生きる』(平凡社新書)の著者であり、人類学の視点から米国のポリアモリーを研究する深海菊絵

「私たち、夫婦のかたちを変えます」

2015年8月1日、マホさん(40代)は、自らのフェイスブックで、この一文からはじまる衝撃的な告白をした。夫婦の仲は良く、今後も婚姻関係は継続するが、セックス上のパートナーシップを解消し、互いに別のパートナーを持つ。これは、何年も話し合いを重ねて互いを尊重する道を模索した結果、ようやく辿り着いた決断である。そう書かれていた。

マホさんには夫の了解を得たうえで交際している恋人がいる。投稿には、野菜畑の前で微笑む夫婦の写真が添えられ、たくさんの「いいね」がついていた。

一夫一婦制の国において、このようなカミングアウトをすることは、リスクもあり、非難の対象にもなり得る。マホさん夫婦は、一体どのような道を辿り、「夫婦のかたちを変える」という決断に至ったのだろう。わたしはフェイスブックで偶然見かけたマホさんに強い興味を持ち、連絡をした。その1週間後、わたしはマホさんに会いに北海道へ向かった。

本稿では、日本においてオルタナティブな夫婦に挑戦する、ある夫婦の話を紹介したい。

札幌から車で約1時間半。東西を結ぶ一本の国道の周りには、ひまわり畑やじゃがいも畑が広がっていた。丘の上の方にポツリポツリと家や倉庫やトラクターが見える。マホさんのご自宅は赤い屋根の大きな家だった。

玄関から階段を上がり、ダイニングに通された。天然の木を使用した立派な一枚板テーブルと椅子が目に入る。夫のタカさん(50代)の手づくりだという。ソファーも、スピーカーも、本棚も手づくり。驚いたことに、家もタカさんが自分で建てたそうだ。

「ご主人は物づくりのお仕事をされているんですか?」

確認するつもりで訊ねると、意外な返事が返ってきた。

「主人は自分や家族のためにつくるのは好きだけど、仕事にしているわけではないのよ。専業主夫をやっています」

マホさんとタカさんは共に関西のご出身。縁もゆかりもない北海道に家を建て、三人の子供たちを育ててきた。現在、大学生の長男は東北で一人暮らしをしており、中学生の次男と小学生の長女とは一緒に暮らしている。

 

運命の出会い

 

マホさんとタカさんは韓国のソウルで出会った。

「あれは21歳のとき、大学3年生になる春休みのことです。わたしは『世界旅行研究会』というサークルに入っていて、バックパックで韓国を旅行していました。ある日、ソウルの安宿に泊まっていたら、金髪をオカッパにした日本人離れした風貌の日本人が中庭に座っていて……。それが主人との出会いです。口数が少なく、控えめで、ニコニコしているだけなのに、とても存在感がありました」

3日間同じ宿で過ごし、二人はいろいろな話をした。タカさんが手づくり家具工房での5年間の修行を終えたばかりであること、次は建築の勉強をするために北海道の職業訓練校にいくことを知る。そして、「いずれは家具工房を開き、広い土地を購入して、自分で家を建てて、自給自足の生活がしたい」というタカさんの思いを聞いた。マホさんは、理想の男性と出会ってしまった! と思い、一方的に惚れたという。

帰国後、タカさんは北海道に移住し、マホさんは引き続き東京で学生生活を送った。二人は手紙のやりとりを通して交流を深めていった。マホさんは夏休みに友達と北海道に行き、タカさんに自分の気持ちを告白し、タカさんと交際することになる。

しかし、その後の展開は思うようにはいかなかった。育った環境が違い、感覚が異なり、共通の話題がなかった。遠距離も辛かった。寂しくて電話をしても会話は続かず、お金を貯めて北海道まで会いにいっても大喧嘩した。そのような状況から、一度は別れることになるが、また復縁する。

しばらくして、タカさんが思いがけず遺産を相続することになり、広い土地に念願の家を持つ計画が大きく前進した。タカさんは自宅設計のために土地探しをはじめ、そのタイミングでマホさんも北海道に移住し、入籍した。マホさんは25歳で結婚、26歳で長男を出産した。

それから数年、マホさんは30歳になり、家計を支えるためにパートに出るようになる。スーパーのレジ打ちや一般企業の電話番など。しかし、レジを打てば間違い、電話対応で怒られ、対人恐怖症もあって人間関係もうまく築くことができない。この頃から自分に向いていることでお金を稼ぎたい、と強く思うようになっていった。