失速。ここ数年、シーズン終盤に調子を落とし、あと一歩というところでタイトルを逃してきた浦和レッズはそう言われ続けた。

「また(失速)か、って言われて。もう悔しいしかない」

 そう言ったのはキャプテンの阿部勇樹だ。

 2007年に当時Jリーグ史上最高金額となる移籍金で浦和レッズに加入した阿部は、その年のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)決勝戦でゴールを決め優勝を牽引。日本代表においても2010年南アフリカワールドカップですべての試合にスタメン出場しベスト16に貢献すると、イングランドチャンピオンシップ(当時)レスターに移籍加入するなどサッカー選手として一流のキャリアを歩んでいる。

 2012年にレッズ復帰後も、そのプレーは円熟味を増し、今シーズンにはJリーグ通算500試合出場と3年連続フル出場を達成。レッズの顔として君臨し続けてきた。だからこそ、この悔しさを晴らしたい。阿部勇樹は「雪辱」を胸に誓う。
 悲願のJリーグ王者へ。阿部勇樹が胸に秘めた思いとともに、3回にわたっておくる独占インタビュー。

 

【第1回 変わらないこと、変わったこと】

「うわー、代えてくれないかな……」

 阿部勇樹は友人と食事に出かけた店に入った瞬間、ついていたテレビを見てそう思った。流れていたのは自身がプレーし、快勝した試合だ。
 ゴールを決めた試合、いいプレーをした試合、それを何度も観る選手は少なくない。けれど阿部勇樹はそれをしない。それどころか「勝った試合とかいいプレーをした試合は観たくない」と言い切る。

「食事に行った先でそういう試合がやっていたら、チャンネルを代えてもっと楽しいバラエティとかを流してくれないかなって思うタイプですね」

 これは、ずっと変わらない阿部勇樹の姿勢だ。いつの頃からか、負けた試合、ミスしたプレーばかりを映像で繰り返し観ていた。どうして負けたのか。何が悪かったのか。何度も映像でチェックをする。そして、落ち込む。顕著だったのは、一躍その名を世間に知らしめたジェフ(市原千葉)でプレーをしていた頃だろう。一つのミス、一つの敗北に対して、なかなか切り替えることができず、前を向けない。世間の評価とは裏腹に、阿部勇樹は悩んでばかりいた。
 そんな阿部はいま、レッズというJリーグにおいてもっともプレッシャーのかかるチームのキャプテンとして存在感を示し続けている。赤いユニフォームに初めて袖を通してから10年の歳月を経て、阿部勇樹はどう変化してきたのか。
 変わらなかった「勝った試合を観ない」ということ。一方で変わったこともある。この10年で変わったこと、変わらないこと。そこには、阿部勇樹の大きな成長の足跡がある。

――今回はよろしくお願いします。

阿部 お願いします。

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