イラスト/フォトライブラリー

腎虚(じんきょ)は落語、小咄、川柳などでおなじみである。房事過多(セックス過剰)による男の衰弱症で、あげくは死亡するという。落語『短命』では、商家のひとり娘が婿(むこ)を取り、はた目からも夫婦仲は睦まじかった。ところが、しばらくすると夫が死亡した。二度目の婿をもらい、またもや夫婦円満だったが、まもなく夫が死んだ。こうして、次々と婿が三人まで死ぬ。なまじ夫婦仲がよいため、婿は腎虚になり、ついには衰弱して死亡してしまったというわけである。

現代、夫婦の40パーセント以上が、「1ヶ月以上性交渉のない」セックスレスといわれている。セックス過剰で夫が衰弱し、ついには死亡してしまうなど、とうてい考えられない。さて、本当に江戸時代、腎虚などあったのだろうか。あくまで笑い話なのだろうか。

必ずしも笑い話とばかりはいえないようだ。というのは、当時は栄養水準が低かった。しかも、動物性たんぱく質の摂取が極端に少なかった。こういう状態で房事過多では、衰弱してしまうのも無理ないのかもしれない。

いっぽう、腎張(じんばり)という言葉もあり、精力絶倫を意味している。春本や春画では腎張はおなじみだが、あくまでフィクションである。実際の例では、俳人の小林一茶がいる。一茶の俳句は小学校の国語の教科書にものっているくらいで、弱者へのやさしい視点を持った人物とされているが、その実像は腎張だった。日記に赤裸々に妻との性交の回数を記しているのだ。一茶は五十二歳のときに、二十八歳の女と結婚した。人生五十年といわれていた時代に五十二歳で初婚なのだから、結婚生活のスタートはおそい。だが、それまでのおくれを取り戻すかのように、一茶の性交頻度はすさまじい。たとえば文化13年(1816)、五十四歳の一茶は、

8月12日 夜3回
8月15日 昼夜3回
8月16日 昼夜3回
8月17日 夜3回
8月18日 夜3回
8月19日 昼夜3回
8月20日 昼夜3回
8月21日 昼夜4回

と、連日のように複数回、房事をおこなっている。なお、一茶の性生活についてくわしくは、拙著『江戸の性の不祥事』(学研新書)をお読みいただければさいわいである。

腎張は男だけではない。春本『願ひの糸ぐち』(寛政十一年)では、女房と交わりながら、亭主がこう述懐している――。
「おめえのような美しい、やせもせず太りもせず、その上このように開(ぼぼ)がよくて、させようがじょうずで、腎張で、よくよがる女はこの日本にたったのひとりだ」
開は女性器のこと。男にとって理想の女、夢の女といえよう。それはともかく、亭主は女房を「腎張」と形容している。このことからすると、腎張はたんに男の精力絶倫だけでなく、女にも適用され、「好き者」や「淫乱」などの意味もあったようだ。