完璧な人間など、どこにもいない、
ただ、自分が完璧な人間だと
思っている人はいるらしい。
──小倉昌男

写真:AP/アフロ

 小倉昌男氏の歩みが語られる際、必ず持ち出されるのが運輸省(現・国土交通省)との対立です。
 前回紹介したとおり、ヤマト運輸の社長を務めていた小倉氏は、従来の中心事業だった企業相手の大口輸送から、個人向け小口輸送事業へのシフトを押し進めました。1976年、ヤマト運輸は「宅急便」のサービスをスタートします。当初は関東地方のみを対象エリアとしていた宅急便でしたが、目指していたのは全国展開、そして翌日配達区域の拡大です。
 しかし、そこに立ちはだかったのが規制の壁でした。当時、運送事業の監督官庁である運輸省はトラック輸送事業に免許制を導入しており、事前に事業申請を行って免許を交付されなければ営業することができませんでした。エリアや輸送に使う路線は大きく制限され、運送業者はルートごとに営業免許を取得しないとトラック一台走らせることもできなかったです。背景には、新規参入をコントロールすることで過当競争を抑え、既存の事業者を守るという既得権益重視の方針がありました。運輸省は、地元運送業者の反対や、当時、郵便小包で全国規模の小口輸送をほぼ独占していた郵政省の圧力なども鑑み、ヤマト運輸に営業免許をなかなか交付しませんでした。

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