全国大会金賞を目指し、日々厳しい練習に励む部員たちが綴ったノートにはどんな想いがこめられているのか。 市立船橋、伊予、修道、精華女子、安城学園、花咲徳栄、愛工大名電。 強豪校を中心に4月から11月に開催される全国大会までを取材。
そのなかより花咲徳栄高校のエピソードをご紹介します。

  花咲徳栄高校は、全日本吹奏楽コンクールの常連である埼玉栄高校の姉妹校だ。強豪の野球部など部活動が盛んな学校で、吹奏楽部も2015年まで西関東大会で金賞を7回受賞。あと一歩で全国大会に手が届くところまで来ていたが…

◆薄氷の「行く銀」で始まったコンクール

 

 9月下旬の日曜日。とっくに秋らしい気候になってもいい時期なのにいまだ残暑が続き、日中には汗ばんでくるほどだった。
 生徒たちは相変わらず前庭や廊下、空き教室などで練習を続けている。まるで、まだ夏休みが続いているかのようだった。しかし、生徒たちの表情、響かせている音には、どこか虚ろな色があった。
「なかなか秋が来ないな…」
 真っ青な空を見上げ、吹奏楽部監督の川口智子先生は思った。
 それは、もしかしたら3週間前に終わった西関東吹奏楽コンクールのことをずっと引きずり続けているせいかもしれない。
 川口先生は吹奏楽部の専用練習場となっているホールに入っていった。

代表になろう!!
そして名古屋へ

 ホールの前方には、そう大きく書かれた張り紙が貼られている。しかし、以前はその隣にあったはずの『全国まで◯日』というカウントダウンの張り紙は消えていた。

 群馬県のベイシア文化ホールで西関東吹奏楽コンクールが行われたあの日から、時間も季節も止まってしまったかのようだった。けれど、確実に月日は過ぎ去っている。
 監督用のテーブルの上には、たくさんのノートが置かれていた。「クラブノート」「部活ノート」「吹部ノート」と部員ごとに様々な題名がつけられた、日々の思いを綴るノートだ。
 川口先生は一番上に置いてあったノートに手を伸ばし、裏返した。

2016・10・23
 全国大会で「焔」と「陽が昇るとき」を吹くために。
全ては、10・23の12分間のために。

 ノートの裏表紙には黒マジックでそう書かれていた。
 今年こそ全日本吹奏楽コンクールへ──。
 その思いは川口先生も強く持っていた。前年まで西関東吹奏楽コンクールで重ねてきた金賞は7回。しかし、「西関東の御三家」と呼ばれる伊奈学園総合高校、春日部共栄高校、そして、姉妹校である埼玉栄高校の高い壁を乗り越えることはできなかった。
 2016年は課題曲に島田尚美作曲の《焔》、自由曲には高こう昌ちゃん帥す 作曲の《吹奏楽のための風景詩「陽が昇るとき」》を選んだ。コンクールは地区大会がシードのため、最初の大会は8月10日の埼玉県大会だった。
 ところが、その日が野球部の夏の甲子園1回戦と重なってしまった。花咲徳栄の野球部は埼玉県内ではトップクラスの強豪で、甲子園には夏3回、春4回出場している。プロ入りを有力視される選手もおり、この年の夏の県大会では全試合で大差の勝利を収めていた。

 

 また、応援も花咲徳栄の名物の一つとされていた。アルプススタンドに陣取った吹奏楽部が演奏する歴代のスラッガーのテーマ曲《サスケ》、花咲徳栄の代名詞ともなっている《オーメンズ・オブ・ラブ》などは高校野球ファンから愛されていた。しかし、コンクールと同日になってしまっては、応援に行くことができない。苦肉の策として、86名の部員からコンクールメンバーである「Aメン」を除いた約30名の「BD」(花咲徳栄独自のネーミング)が、部を代表して甲子園へ行くことになった。
 試合当日の8月10日、灼熱のアルプススタンドでBDは立派に役割を果たし、応援を盛り上げた。野球部も秋田県の大曲工業高校との初戦を6対1で快勝した。
 一方、Aメンはさいたま市文化センターで行われる埼玉県大会に臨んだ。「西関東の御三家」もすべて埼玉県勢だ。できれば、県大会から御三家を超える成績を残し、西関東大会に向けて弾みをつけたいところだった。
 ところが、演奏を終えた後の表彰式では──。
「花咲徳栄高等学校、銀賞」
 そのアナウンスを聞いたとき、川口先生は「もう駄目だ…」と思った。そして、自分のショックよりも何よりも、目の前で蒼ざめている生徒たちをどうやって慰めるか、どんな言葉をかけてやったらいいかと頭を悩ませた。
 3年生でクラリネットパートの「アリピ」こと渡辺愛里紗は思った。
「これで高校生活最後のコンクールが終わっちゃうんだ…」
 クラブノートの裏表紙に『全ては、10・23の12分間のために。』と書いていたのはアリピだった。全国大会が行われるその日まで、アリピは練習を続けていくつもりでいた。なのに、県大会で終わってしまうなんて…。客席にいるアリピの周囲には3年生が集まっていたが、お互いに顔を合わせることもできず、みな絶望で下を向いていた。
 2年生で副将(副部長のこと)の「マツリ」こと久地浦祭も、銀賞と発表された瞬間には心臓が止まったような思いがした。幹部としての責任も感じた。
 1年生メンバーで「コケシ」というあだ名で可愛がられているクラリネット担当の和田結加は、「もう3年生の先輩と一緒に吹けなくなるなんて嫌だ…」と思った。

目標 全国出場―名古屋へ

 コケシのクラブノートの表紙にはそう書かれている。だが、県大会銀賞では全国出場どころではない。自分たち1年生が足を引っ張ったのではないかと気がかりだった。
 賞がすべて発表された後、続いて代表校が発表される。その直前に川口先生は気づいた。
西関東大会に進める代表校は9校。発表された金賞校は6校。つまり、銀賞校からも3校が代表になれるのだ。金賞なのに代表になれない「ダメ金」に対し、銀賞でも上位大会に行かれるという「行く銀」である。まだチャンスは残されている!
 金賞校は自動的に代表となり、続いて銀賞校からの代表が発表された。花咲徳栄の全員が祈っていた。川口先生は吐きそうなほどの緊張感と戦った。
 最初に呼ばれたのは、越谷南高校。遠くで歓喜の声が上がった。次に、狭山ヶ丘高校。喜ぶ狭山ヶ丘の生徒たちを尻目に、花咲徳栄の生徒たちはますます蒼ざめていった。残りは1校。絶対無理だ、終わった、と川口先生は思った。
「花咲徳栄高等学校!」
 瞬間的に絶叫の嵐が巻き起こり、先生は揉みくちゃにされた。抱き合う生徒、号泣する生徒、ガッツポーズする生徒…。
 川口先生はようやく胸をなでおろすことができた。これでどうにか、今年もまた全国大会出場をかけて演奏をする権利を手に入れることができたのだ。
 大きな喜びと悔しさを同時に味わう県大会だった。

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