全国大会金賞を目指し、日々厳しい練習に励む部員たちが綴ったノートにはどんな想いがこめられているのか。 市立船橋、伊予、修道、精華女子、安城学園、花咲徳栄、愛工大名電。 強豪校を中心に4月から11月に開催される全国大会までを取材。
そのなかより花咲徳栄高校のエピソードをご紹介します。

  花咲徳栄高校は、全日本吹奏楽コンクールの常連である埼玉栄高校の姉妹校だ。強豪の野球部など部活動が盛んな学校で、吹奏楽部も2015年まで西関東大会で金賞を7回受賞。あと一歩で全国大会に手が届くところまで来ていたが…

◆この瞬間が永遠に続けばいいのに…

 西関東大会の直前、群馬県内でのホール練習に向けて出発する前に吹部では世代交代が行われた。2年生のマツリは、3年生の下笠竣太郎から主将(部長)を受け継いだ。不安と重圧で混乱しそうになったが、先輩も後輩も協力してくれた。まだどこか頼りないマツリが主将になったことで、「新主将を支えよう」という気持ちが生まれ、部内に結束力が生まれた。それは川口先生の狙いでもあった。
「大好きな先輩たちの部活生活を西関東で終わりにさせたくない」
 マツリも必死でAメンの先頭に立ち、悲願の全国大会出場を目指して、最後の追い込みのリーダーシップをとった。
 一方、3年生のアリピは特別な思いを持ってホール練習に臨んでいた。
 1年生のころ、アリピは家でもクラスでもしばしば「部活に行きたくない」と泣いて周囲を困らせた。自分で選んで入った吹奏楽部だが、帰宅部で自由を満喫している人たちがやけに楽しそうに見えて、部活が嫌になったのだ。そんなとき、クラスの友達や担任の先生、親が相談に乗ってくれたり、なだめたりしてくれたおかげで、アリピは吹部を続けてこられた。もしその人たちの応援がなかったら、今の自分はない。
 2年生の秋からは学生指揮者にもなった。練習内容の決定やチューニングなどのリーダーを務めるのが仕
事だ。アリピはクラブノートの表紙に力強く書いた。

自分の立場を自覚しろ!!!

 自分で書いたその言葉に叱咤されるように部を引っ張ってきた。いよいよ西関東大会に出発する前には、アリピはかつて世話をかけた人たちに「しっかり頑張ってきます」と伝えた。全国大会への切符をつかむのが恩返しだ。
 大会直前のホール練習では、花咲徳栄の作り出す音楽はどんどん高まり、研ぎ澄まされていった。演奏することが楽しくて楽しくて仕方がなかった。楽器を置いてみんなで手を繋いで輪を作り、自由曲《吹奏楽のための風景詩「陽が昇るとき」》を歌った。曲を理解し、表現を深めるため、歌詞をつけて歌う練習をしてきた。

輝く日の光を浴びて きっとはばたくから
勇気を持てば たどりつけるさ 地平線の向こう側
未来で照らされ待ってる 希望に向かって

 みんなで声を合わせると、気持ちが一つになっていくのがわかった。花咲徳栄の吹奏楽部に入ってよかった。川口先生やみんなに出会えてよかった。できるなら、今この瞬間が永遠に続いてほしい──。
 そして、9月4日、西関東吹奏楽コンクール当日がやってきた。花咲徳栄の出場順は5番。午前中だ。一方、「西関東の御三家」の出番はすべて午後だった。
 出番が迫り、ホールの舞台袖まで来ると緊張感が高まった。舞台袖は空間が狭く、メンバーの表情がよくわかる。新主将のマツリは、みんなが平常心を失いそうになっているのがわかった。自分自身も緊張で震えていたが、マツリは興奮している人には「冷静にね」、不安になっている人には「大丈夫。頑張ろうね」と声をかけて肩を叩いた。
 コケシたちクラリネットの1年生はアリピのまわりに集まり、こう言った。
「先輩、本当に今までありがとうございました」
 1年生たちは感極まって涙ぐんでいた。
「こちらこそありがとう。でも、西ここ関東で終わるつもりはないよ。まだ先があるから」
 アリピは笑顔で答えた。

2016・10・23
 全国大会で「焔」と「陽が昇るとき」を吹くために。
全ては、10・23の12分間のために。

 自分がノートの裏表紙に書いた言葉を思い出した。そう、10月23日まで私たちの部活は続いていくんだ。
 アリピの言葉を聞いたコケシは泣き出したくなった。だが、ここで泣くよりも、代表になって先輩と一緒に嬉し泣きしたいと思った。涙はそのときまで取っておこう。
 この花咲徳栄高校吹奏楽部に入って本当によかったとコケシは思った。進路を決めたのは前の年の11月だった。
「あのころはいろいろ悩んだけど、こんな素敵な先輩や先生に出会えて、自分の決断は間違いではなかったな」
 出番を待ちながらコケシはそう思った。
 最後に川口先生はAメンを集めて言葉をかけた。
「緊張したり、パニックになったりしたときは、その気持ちを私にぶつけてくれていいからね。55人分の思いくらい、私はどうってことないから。課題曲は真面目に、自由曲は思いがあふれる演奏をしようね」
 先生がそう言い終わったとき、前の学校の演奏が終わった。
「私を男にしてくれるって約束したでしょ?」
 川口先生が言うと、固くなっていた生徒たちの表情がほころんだ。
 そして、花咲徳栄高校吹奏楽部は全国大会出場をかけてステージへと出ていった──。

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