18世紀、オーストリアのハプスブルク家に生まれ、14歳の若さでフランスの王家に嫁ぎ、その後革命の大きな波にのまれ、37歳で断頭台の露と消えた悲劇のフランス王妃、マリー・アントワネット。およそ日本とは縁のなさそうな彼女が愛した、日本の「ある物」とは――?


◆浪費家と言われる王妃が好んで買い集めた日本の「ある物」

 あなたはマリー・アントワネットという人物について、どのような印象を持っているでしょうか。

エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランと工房「フランス王妃 マリー・アントワネット」1785年、ヴェルサイユ宮殿美術館 ©Château de Versailles (Dist. RMN-GP)/©Christophe Fouin

「パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない」という有名すぎる言葉に象徴されるように、国家財産をつかって非常に贅沢な暮らしをしていた世間知らずのお嬢様、というイメージを持っている方は多いかもしれません。
 この言葉自体は、実のところアントワネットが実際に言ったものではないですし、当時のフランス国民が、それこそパンも満足に食べられないほど困窮していたのは、決して彼女ひとりのせいではないのですが、彼女に浪費癖があったことは確かでしょう。今もアントワネットが暮らしたヴェルサイユ宮殿には、当時の豪華な調度品や装飾物が数多く残されています。

 さて、その中でもひと際異彩を放つコレクションがあります。それはもともと、アントワネットの母マリア=テレジアの趣味で集められ、娘である彼女にも引き継がれたものです。アントワネット自身もパリの美術市場で品を買い集めるほどお気に入りだったというそのコレクションは、実は日本の漆器なのです。
 

◆母マリア=テレジアから受け継がれた日本の漆器

 1778年、はじめて王女を出産した際に、マリー・アントワネットは母であるオーストリア大公マリア=テレジアから、日本の漆の箱を贈られました。
 その後、アントワネットが本格的にコレクションをそろえ始めたのは、マリア=テレジアが亡くなり50点の漆器が遺贈された時からです。アントワネットの居室の中には、この遺贈品を展示するための飾り棚が特注されたといいます。またそれ以降も、金メッキされたブロンズ台座付きの装飾品でコレクションを充実させました。

 このようにアントワネットは、独創性に溢れた日本の最高級の漆器類70点以上も収集し、私室で大切に保管したそうです。その多くが17世紀のものだったといいますから、日本で言うと江戸時代初期に作られたものが、時も海も越えて、遠いフランスの地にいる彼女の手に渡っていたことになります。なかなか浪漫のある話ではないでしょうか。
 現在、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーにて開催中の「ヴェルサイユ宮殿《監修》 マリー・アントワネット展」では、蒔絵などコレクションの一部が展示されておりますが、こういった品々からマリー・アントワネットという人物の知られざる一面に迫るのも一興ではないでしょうか。