イラスト/フォトライブラリー

『よしの冊子』は、老中松平定信の家臣・水野為長が世間の風聞などを書き留め、定信に提出した、いわば秘密報告書である。

同書に、性欲に対照的なふたりの幕臣の行状が記されている。

目付の坂部は性欲がいたって淡白で、二十五歳のときに初めて妻を迎えたが、それまで女には指をふれたこともなかった。いまなお、仲間同士で猥談が始まっても、ほとんど興味を示さない。ある人が不思議に思い、それとなく妻との房事について質問したとき、坂部はこう答えた。
「みどもは妻への義理立てに、一年にせいぜい二、三度するだけですな。本音を言えば、二、三度でもいやなのです。しなくてすむのなら、それにこしたことはないのですが」
房事に関心がないどころか、嫌悪しているかのようだった。このように房事が少ないせいか子供はなく、養子をもらったようである。

いっぽう、桑原善兵衛はいたって淫欲旺盛で、筆おろしは十二歳のとき、下女が相手だったそうである。妻をめとったものの、病身なので思うにまかせず、妾がひとりいる。しかし、妾だけでは不足なようで、次々と屋敷の下女に手を出している。ある人が見かねて、
「武士たる者が下女などに手を出すのは外聞が悪い。以後、つつしんだらよかろう」
と意見した。ところが、桑原は、
「ご意見、ありがたいが、みどもは特別じゃ」
と答え、平然としていたという。これほど淫欲旺盛ながら、桑原は吉原などの遊里で遊ぶことはなく、もっぱら下女をあさっているという。

前者の坂部はなんとなく哀しく、それでいておかしい。その妻には同情したくなる。後者の桑原善兵衛については、ちょっと好感が持てない。もちろん、性欲旺盛は生まれつきであり、それを責めることはできないのだが、不快なのは桑原が遊里で発散するのではなく、屋敷の下女を手当たり次第に手籠めにしていることである。当時、主従関係はきびしかった。そういう主従関係を背景に桑原は下女に手を出しているわけであり、いまでいえばセクハラにあたるであろう。