イラスト/フォトライブラリー

スカトロ(スカトロジー)は糞尿趣味のことだが、AVや官能小説には割合としては少ないとはいえ、必ずこの分野のものがある。世の中には少数派かもしれないが、つねにほぼ一定の割合でスカトロ趣味の人は存在するということであろう。

ところが、筆者は江戸の春本や春画にはかなり目を通しているつもりだが、スカトロものにはついぞ出会わない。まさか、江戸にスカトロ趣味の人間がいなかったなどということは、ありえないと思うのだが……。

ついに見つけた。
柳沢淇園(やなぎさわ・きえん)は江戸時代中期の文人・画家で、柳里恭(りゅう・りきょう)の名でも知られる。その著『ひとりね』につぎのような話がある――

柳沢淇園がかつて大和の生駒山に遊んだときのことである。生駒山は役小角(えんのおづぬ)が修業した山で、仙人が住んでいると伝えられてきた。山中で淇園はひとりの老人と出会った。けわしい道を軽快な足取りで歩き、顔色は桃の花のように若々しい。不思議に思った淇園が声をかけた。
「そなたは、いかなる人でございますか。なぜ、そのようにすこやかなのでしょう。お年は少なく見積もっても七十歳くらいとお見受けします。仙人のお子まではいかずとも、孫くらいにはなるのではありませんか。もし不老不死の薬をお持ちであれば、少し譲っていただけませんか」
老人が笑って言った。
「よく見抜きましたな。わしは地元の者で、諸国を徘徊しているような仙人とは違いますぞ。わしは仙薬を用いております。けっして他言をしないと約束すれば、その製法をお教えしましょう」
「けっして他言はいたしません」
「では、お教えしましょう。京都の島原遊郭の遊女の糞を、江戸の吉原遊郭の遊女の小便でよく練るのです。これを服用します」
「それはなんとも、きたない仙薬ですな」
「なんの、きたないことがありましょう。惚れた遊女の糞や小便であれば、きたないことはありませんぞ」

『ひとりね』はいわゆる随筆であり、著者の淇園はさも自分が体験したかのように書いているが、作り話であろう。当時、随筆にフィクションがまじるのは少なくない。それにしても、いわゆるスカトロである。筆者は江戸の性愛関係の史料にはかなり目を通しているつもりだが、スカトロをここまであからさまに示唆した文献は初めてである。