最古級の「招き猫」は黒猫だった

黒猫が目の前を横切ると不吉なことが起こる――。この迷信は、欧米から伝えられたといわれている。黒猫は魔女の使いとされ、今でも縁起が悪い存在だと考える人もいるほどだ。

 

しかし、江戸時代の日本では、厄を除け、福を呼ぶ存在として大切にされていた。その由来は、京都の檀王法林寺にあるといわれている。こちらに祀られている主夜神尊は、夜を守る神さま。暗がりのなかで起きやすい、盗難などの災いから守ってくれるそうだ。

この主夜神尊の使いが、黒猫なのである。檀王法林寺では江戸時代、黒猫をモチーフとした招福猫、いわゆる招き猫が作られた。これが寺社関連のものとしては日本最古といわれる招き猫なのだとか。ほかにも江戸時代には、不治の病といわれた結核ですら、黒猫を飼えば治るという迷信も生まれた。

 

このように日本では、もともと縁起のよい存在だったのだが、一方で猫にまつわる逸話も多く残されている。そのひとつが「猫又」で、日本三大随筆に数えられる『徒然草』にも記されている。

年老いた猫はシッポが2つにわかれて猫又になり、妖力を持つようになるといわれていた。猫又は人を襲う習性があるとされ、この迷信を信じて疑わず、老いた愛猫のシッポを切ってしまう人が少なくなかったというから、猫又の存在は人々に広く信じられていた様子がうかがえる。

 

猫又は、こうして恐れられた存在ではあるが、新潟・栃尾には「猫又権現」といわれる神社がある。それは南部神社のことで、境内には狛犬ではなく狛猫がみられる。なぜ猫が祀られているのかといえば、ネズミ除けの神さまだからだ。

この地域はかつて養蚕が盛んだった。蚕は大切に育てられていたが、ネズミがこれを食べてしまうのだ。そのため、ネズミの天敵ともいえる猫が祀られるようになったのだろう。

このように猫を祀る神社は、かつて養蚕で栄えた地域にみられる。京都・京丹後市の金刀比羅神社の境内にある木島神社、東京・立川市の阿豆佐味天神社内の蚕影神社にも、狛猫の姿が見られる。

 

神として崇められたかと思えば、妖怪として忌み嫌われてしまったりと、猫の扱いは時代や地域によってここまで大差があるのかと驚かされる。

 

現代では猫の寿命が長くなり、20年以上生きることも珍しくなくなった。愛猫にはいつまでも長生きしてほしい……。そんな思いから、飼い主としては、猫又になったとしてもいつまでもそばにいてほしいのが本音かもしれない。