戦国武将由来の四股名

「国技の精神に合っている」

 平成29年1月場所の新番付が26日、発表された。先場所優勝の鶴竜が東横綱となり、新関脇には前相撲から所要17場所という史上2位タイのスピード出世で正代が、小結を通り越して昇進。もう1人は玉鷲でこちらは初土俵から所要77場所と史上5位タイのスロー出世と、対照的な2人が名を連ねた。新入幕は佐藤改め貴景勝、千代皇の2人。


 貴景勝は貴ノ岩以来、貴乃花親方が育てた2人目の幕内力士。強豪、埼玉栄高在学中に角界入りした二十歳の若武者だ。173センチと上背はないが、160キロという臼のような体格で低く鋭い当たりから、一気の出足で相手を圧倒する押し相撲タイプ。四股名は師匠が尊敬する戦国武将、上杉謙信の後を継いだ上杉景勝から取った。自ら戦国武将好きを公言するだけに、師匠から由来を説明される前からその名は知っていた。
「謙信公の意志を受け継ぐということ。上杉謙信に隠れがちだけど、知将で感情を表に出さない人。勝っても負けても一喜一憂しない。国技の精神にも合っていると思う」と気を引き締める。


 力士になるのは小さいころからの憧れだった。所要14場所でつかんだ幕内の土俵はその最高峰の舞台。少年時代は父・佐藤一哉さんから徹底した英才教育を施されたが、周囲は冷ややかだった。夢の実現はそんな人たちを見返すことでもあった。
「訳が分からない練習もあって『この親子は何をしてるんだ』と言われることもあったけど、信じてやってきてよかった」と話す。階段を四足歩行で昇り、後ろ向きのまま降りる動作の繰り返しに坂道ダッシュ。食事はトレーニング以上に“苦行”だった。


「小学校のときはびっくりドンキーで450グラムのハンバーグを3枚。吉野家では特盛3杯。途中、トイレに行くことも許されなかった」


 奇異の視線が注がれてもお構いなしだった。似たような“親子鷹”を連想しないだろうか。そう、ボクシングの“亀田3兄弟”一家だ。テレビを見て、こう思ったそうだ。
「亀田の親父もうちの親父と同じことを言っている(笑)」


 父親のやり方は間違っていなかった。それは自らが築いた結果で証明して見せた。さらに、大横綱貴乃花の相撲道を継いだ貴景勝が、幕内の土俵で大暴れする日が間もなくやってくるだろう。