自分にも他人にも、常に一流の仕事をすることを重要視するという林先生。なぜ「一流」であることにこだわるのでしょうか?


土俵さえ間違えなければ誰でも一流になりうる

 嫌われるのを覚悟で言うと、一流しか存在価値がないと僕は思っています。一所懸命なにかに打ち込んで何十年も経ったときに、「結局、俺、二流だったな」では残念じゃないですか。腹をくくった二流ならいいですよ。それも一つの生き方です。でも、僕はその覚悟はできないので、絶対にトップを取りたい。

写真/花井智子

 世の中には一流を目指しても一流になれない人もいるでしょう。それは戦う土俵を間違えているのが原因である場合が多いですね。「あなたは絶対、そこでは一流にはなれないですよ」という土俵で必死に戦っているケースがあまりにも多い。逆に言うと、土俵さえ間違えなければ、誰でも一流になれるチャンスはあるということです。ただし、一流になれる土俵はその人の中でごくわずかしかないので、「ここならいける」というところを死に物狂いで探さないと。

 「自分はこの仕事が好きですから」と言う人がよくいますが、そもそも「好き」というのは偶然知った情報の積み重ねにしか過ぎません。たとえば、鮨のネタでこれが一番好きだと思っていても、高級店で今まで食べたことのない魚が出てきたら、「こっちのほうが好き」となることはあるでしょう。こう考えると、情報収集能力も一流になるためは欠かせないことになりますね。

 加えて、必須なのは俯瞰的メタ認知能力です。「群像の感覚」と僕は言っていますが、ずらっと大勢の人がいる中で、自分はどこにいて、戦ったら何番になるのか。それを客観的に判断できなければ、戦っても勝てない土俵にこだわって、一流への道は遠のきます。

 メタ認知能力は日常の習慣のなかで身につくように思います。僕は小学生のときから上からのカメラで教室全体を見るような習慣があって、授業中も「こういう問題がわからない人がいるんだ」なんてことを考えていた。勉強だけはかなりできたので、小学校で習うことは何もなくて、ずっと退屈していたからでもあるのですが。そうやって意識していつも自分のポジションを考えるクセをつければ、勝てる土俵か勝てない土俵なのかは自ずと見えてくるはずですよ。

明日の第三回の質問は「Q3.一流の定義とはなんですか?」です。