前回は、本を「生活必需品」にすること、お客さんではなく「共犯者」を増やすことがキーワードに。絵本制作の「共犯者」、つまり参加者が増えれば、参加者それぞれのこだわりがぶつかり合ってしまうことは避けられない。『えんとつ町のプペル』を「分業制」で作ったことで感じた可能性と苦労とは?

分業制だからこそ作家性が色濃くあらわれる

――『えんとつ町のプペル』はクラウドファンディングを活用して、たくさんのスタッフさんと分業制で作ったことが話題になりました。分業制にすることで、西野さんのやりたいことと、スタッフさんのやりたいことが衝突することもあったんじゃないですか?

 

 最初に「分業制で作る」と言ったときの周りの反応はすこぶる悪かったです(笑)。僕の作家性が薄まっちゃうんじゃないか、というのが周囲の言い分です。ただ、僕は皆とは真逆の意見でした。
 僕は黒の0.03mmのボールペンしか使えないから、僕の頭の中にある光景を紙に投影しようとすると、白黒になってしまいます。でも、僕の頭の中にある光景には色もちゃんとついている。その世界は紙に描いたものには完全に投影されていないわけです。僕の右手だけでは、僕の頭の中の光景が生み出せない。
 そこを分業制にして別のスタッフさんの技術を借りることで、ようやく頭の中のものと、紙に写しだされたものが合致するんです。だから分業制にすることで、むしろ作家性は色濃く出る。
 そういうことを、反対する一人ひとりに根気強く説明していきました。「こうした方が絶対に面白くなるから」って。理解してもらうというか、諦めてもらう、観念してもらうって感じですけどね。


――そうやって作った本を売るモチベーションはどんなところにあるんですか?

 やっぱりみんなで一生懸命作った本なので、とにかく1冊でも多く届けたいんですよ。それに、僕は猛烈にワガママで、周りがあまりにも言うことを聞いてくれないと、キレちゃうんです(笑)。大人げないですけど。僕の無理な注文に対して、スタッフさんは「こういう理由があるから、それはできない」と、すごく真っ当なことを言います。そうすると僕はキレてしまって「できない理由は分かったので、やってください!」って(笑)。
 たぶんスタッフさんは「お前、ふざけんなよ」って思ってたんじゃないかな。それでも大勢のスタッフさんが僕のワガママを聞いてくれて、なんとかそれを形にしてくださった。それだけに「売れなかった」という結果は残したくない。
 『えんとつ町のプペル』はエンドクレジットに関わったスタッフさん全員の名前を入れています。僕の作品というよりは、スタッフさん一人ひとりの自分事だと思って欲しいから。本が売れたときに、「『えんとつ町のプペル』を作ったスタッフさんなんですね」と言われて、その人に新しい仕事が行って欲しい。スタッフさんに子供ができたときに、「お父さんはこの本の制作に関わったんだよ」って言えるようになって欲しい。
 もしこれで本が売れなかったら、エンドクレジットに入ってるスタッフさん全員のネガティブキャンペーンになってしまいます。そうならないように、この本は絶対に売る、という気持ちでした。

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