「生活にアクセントと遊び心を。」をコンセプトとした家電メーカーUPQを生み出した、中澤優子さん。企画から発表まで2ヶ月で17種24製品を生み出したスピードの速さと、革新的なブランディングが話題になり、『ガイアの夜明け』等にも出演。「心を動かすものづくり」について、中澤優子さんにお話を伺った。 

 〈中澤優子さん プロフィール〉
1984年生まれ 株式会社UPQ 代表取締役CEO 
2007年にカシオ計算機に新卒入社。携帯電話・スマホの商品企画部門に所属。ケータイカメラで満足のいく写真写りで人物が撮れる「美撮り」機能を企画など、プロダクトマネジメントに従事。その後、携帯電話事業からの撤退をきっかけに退職。2015年7月にUPQを設立する。

◆仕事は自分でつくる。入社直後のカシオで学んだこと。

私は2007年に、カシオ計算機に新卒入社しました。当時、カシオは日立製作所との合弁会社で両メーカーブランドの携帯電話端末を製造、販売していました。

文系だった私は、入社当初はソフトバンクさん向けの新規事業部の営業職に配属されました。当時、ソフトバンク向け事業としては、まだカシオとしての投入商品はなく、新規参入を試み、商品提案をしている時期でした。予定よりも参入が遅れており「営業して売る製品」自体がまだなかったので、「auさん向けの事業部で、メーカー営業について実際に目で見て学んできなさい」と、期間限定でau向け事業部へ異動することになりました。

異動初日、オフィスに入った途端、私が挨拶をする前から「敵が来たぞ!」の衝撃的なひと言。ソフトバンクとauの営業部は、いわゆる「社内ライバル」。気持ちはわからなくありませんが、「昭和の時代の頭の固いおじさんがこれか」とただただ呆れました。笑

「お客様に失礼だから」と、客先にも連れて行ってもらえない。一方で1年先に入社した先輩には前年のその頃には独り立ちして営業先をもたせてもらっていた時期です。世間では「セクハラ」「パワハラ」という言葉が専ら取り沙汰されていた時期でもありましたし、ずいぶん理不尽なことがあるものだと思いつつも、しょげていても、愚痴を言っても何もいいことはない。何より、時間がもったいない。

結果、私が考えたのは、自分に与えられている条件の中でいかに「仕事をつくり、楽しめるか」。私に与えられていた条件は、①使い方はまだわからないけどパワーポイントはPCに入っている。②社内にA3までのカラープリンターはある。③ラミネーターを使っているのを見かけた。(どこかにしまってあるはず)④バスやメトロなどの近距離交通費は人事に対しての精算(営業部の管轄外)⑤私以外の営業人員は皆全国を飛び回っており、オフィスにいない(私を始終管理している人はいない)。この5つの条件でした。そこで、「店頭用POP」をパワポでつくって印刷し、ラミネートをかけ、関東圏内のauショップをリストアップし、1店舗ずつ回ることにしたんです。近ければ1日10店舗は回れるので、都内の店舗は何度も通いました。

量販店ではなくキャリアショップのほうがゆっくり接客でき、製品のおすすめをできるため、学生時代に携帯電話販売員のアルバイトをしていた経験を思い出し、「カシオ商品は売りやすい」と店頭の販売員さんに思ってもらうために工夫を凝らしました。ターゲット別のキラートークを考えて伝えたり、カタログに乗ってない意外に面白い機能を教える勉強会を開いたり。そうやって地道に回った結果、各店舗でのカシオ商品の売り上げが今までになく伸びちゃったんです。

上司から与えられた仕事は1つもなかったですし、多くの制約の中ではありますが、製品のためにできることはあるはず、と動いた結果、auショップでも「カシオの新人の中澤」と名前を覚えてもらえるようになり、auの本部へも連れていってもらえるようになりました。(私を連れて行っても「失礼ではない」、と上司が判断したのだと思います。)

 いつのまにか、営業部のおじさんたちも飲みの席などで「お前はやると思ってた」など、語りかけてくるようになりました。「人間って面白いな」と思うと同時に、ひと周りもふた周りも下の新人に目くじら立てていた「器の小さなおじさん」たちにとっては、「お客様にほめられること」が仕事上、何より大事だったんだろう、と。

 

その後企画部に異動するのですが、4年の歳月を経て、au向けの商品も企画することになります。それが「CA007」というスマホ時代に出す、最後のカシオのガラケーでした。本来「企画」の人間は、販売店さんへのauさん主催の合同新製品説明会には出向かないのですが、私はどうしても自分で説明をしたかったので、営業の皆に頼んで、プレゼンを譲ってもらいました。500人程度の関東中の販売員さんが来てくださって、各メーカーの営業が新製品について説明をする場に、4年ぶりに立ちました。

「こんにちは、カシオの中澤優子です。1年目に店頭で教えてもらったお話、ちょっと時間がかかっちゃいましたが、営業から開発部門へ行き、カタチにしてきました。」

こう自己紹介をしたところ、拍手喝采をいただいちゃったんです。製品について説明する前から。

プレゼン後も皆さんがカシオブースに来てくださって、1年目にショップを回っていた私のことを覚えていてくださり昔話をし、また製品に現場の声を反映させたこと、現場の期待を良い意味で裏切るカシオらしい面白い仕掛けを詰めたガラケーを製品として世に出したこと、を自分のことのように喜んでくれました。

あの1年目の営業部でふさぎ込んでいたら、4年目をこんな風に迎えられなかったと思います。そして、大手メーカーの中にいても「つくり手」の思いを伝えられる場は、作れるということを実感しました。道は思い次第でいかようにでも切り拓ける。「ものづくり」はいつだって面白い業界です。だから、やめたくない。障壁は乗り越えるためにあると思って毎日生きています。