昨年2016年に結成10周年をむかえた革命的非モテ同盟。日本三大非モテデモの主催者である彼らからこれまでの活動、そして今後について話を伺った。

  去る2016年12月24日、我々革命的非モテ同盟はクリスマス粉砕デモを敢行いたしました。結成10年目という記念すべき節目の年である今回も完膚なきまでにクリスマスを粉砕するという大戦果を上げたのですが、我々自身としてもよく10年間も活動を続けてこれたものだという感慨に浸っております。それは我々の歩みもまた決して平坦なものでは無かったからに他なりません。
 

 

  特に我々が味わった苦難の一つが、周囲の嘲笑でありました。そこでこの度は、何故我々革命的非モテ同盟は嘲笑を受けてもなお活動し続けてきたのかという点について記したいと思います。

 我々が嘲笑に心を折られなかった理由、それは以下に述べる2点にあります。一つには嘲笑の内容自体が的はずれなものであった為という事、もう一つには如何なる理由があろうとデモを敢行すること自体に意義があると我々が確信していた事です。
 
 はじめの一点目についてですが、我々に向けられる嘲笑の内容は我々の主張に対する無理解、或いは先入観による誤解によるものがほとんどでありました。せっかくの機会ですので以下によく向けられる勘違いの具体例を3つほど上げると共に、修正を加えてゆくことで我々に対する正しい理解の一助となるようにしたいと思います。

 まず良く向けられるのが「お前たちは左翼なのか、今時時代遅れではないか」という言葉です。これに対する回答は「我々はあくまで左翼のパロディであってすべてのメンバーが単一の思想に染まっているという事は無い」ということになります。メンバーの思想傾向は多岐にわたっており、リベラル寄りの経済思想を持つ者をはじめ、外交安保問題においてはタカ派寄りの者、キリスト教に詳しい者、イスラム教に傾倒している者など実に様々であります。

 また機会があればネット上にあがっている我々の写真や動画を良くご覧になっていただきたいのですが、所謂ゲバスタイルという出で立ちをしているのは評議会議長であるMarkWaterのみであり、ヘルメットの文字も「中二」というパロディになっていることにお気づきになるでしょう。言うなれば我々は、様々な思想を持つ人々が恋愛至上主義に反対するという点においてのみ緩やかな結合を保っている集団であり、いわゆる極左団体などからはかけ離れた存在なのです。

 次に「わざわざ警察が動員されるなど、お前たちの活動は税金の無駄遣いではないか」という言葉もよく言われることです。しかし我々に限らずデモを敢行するためには警察に申請書を提出し、彼等の警備を受けなければなりません。正規の手続きに則った合法的なデモを行うならば警察は必ず動員されるのです。(これもよく誤解されることなので併せて記しておきますが、周囲に配置される警官はデモ隊が暴徒化しないように見張るためだけに居るのではなく、デモを妨害する人間を排除するという目的でも配備されています。つまりデモが合法的に行われている限り警察はデモ隊を守ってくれる存在なのです。)

 また、警官が配備される事自体がコストなのだから下らない内容のデモを行うべきではないという主張は、あまりにも浅薄な難癖であると言わざるを得ません。民主主義のもとでは、少数派による意見表明の機会を残しておかなければならないという事は世界的な常識と言って良いでしょう。それは物事を多数決で決定する以上、言論の自由を保証しておかなければ多彩な意見が全て圧殺され全体主義への歯止めが効かなくなり、少数派の人権すら守ることができなくなる為です。言わば民主主義というシステムを採用する以上は、賛同者が少ない意見のためにコストを掛けることは無駄だという発想そのものが間違っているのです。

 最後にもっともよく聞かれる「モテたいのならば努力しろ」という言葉に対して言及しましょう。この言葉ほど我々に対する先入観と誤解に満ちた言葉は無いと言って良いでしょう。何故ならば、我々はモテたいが為にこのような活動を行っているわけではないからです。我々が主張する所を一言で述べるならば「恋愛をしないという選択を尊重せよ」というものであり、恋愛市場に参入することを放棄した人々を見下すような社会の風潮を打破せんが為、そしてモテない、恋愛をしない人間に対しても寛容な真のダイバーシティ社会を実現する為に活動を続けているのです。

 だからこそ、恋愛に関連する経済的消費活動を行うことこそ最も良いことであるというイメージを世間に植え付け、同時にそれが出来ない人間は劣っているのだというという暗黙の偏見をも植え付けているような、言わば非モテを犠牲にしながら消費拡大を目指すイメージ戦略を「恋愛資本主義」と名付け、それが最も強くなる、すなわち最も非モテへの風当たりが最も強くなる日であるクリスマス、バレンタイン、ホワイトデーを粉砕するデモを敢行しているのです。

 次の二点目ですが、我々はいかなる嘲笑を受けようとも三大デモを活動の根幹に据え続ける所存です。それは、デモ活動といういわば「現場での実践」を重ねてゆくことに大きな意味を見出しているからに他なりません。
 勿論渋谷でのデモという人目に触れやすい活動をすることで我々の存在をアピールする事が出来るというメリットも存在しますが、それ以上に参加者の方の声から非モテ問題の現状や切実さを感じ取ったり、また沿道の反応、デモ終了後のSNSなどでの反応などを参考にすることで世間への非モテ問題の受け止められ方を理解したりする事が重要であり、説得力のある提言へ繋がってゆくと確信しているのです。

 実践の重要さを言葉で説明することは中々難しく、理解したいならば参加することが早道であると申し上げたいのが本音であります。しかしその客観的根拠を述べるとすれば、かつてネット論壇上に多く存在した非モテ問題について「語るだけ」であった主体は我々を除いてほぼ絶滅状態にあると言ってもよく、昨年10年目を迎えた我々とその他を分けた決定的な違いがデモ活動という「実践」を伴っていたか否かという事が挙げられるのではないでしょうか。