「米国人弁護士が『断罪』東京裁判という茶番」を上梓、来日から40年日本を愛し、知り尽くしたケント・ギルバート氏が米国人の視点からみた東京裁判について論じていく。

 

靖国神社にて

 上智大学の渡部昇一名誉教授は、「いまこそ東京裁判史観を断つ『パル判決書』の真実」で、要旨次の二点を冒頭に掲げて、東京裁判の無効を主張している。実に興味深い。

① 東京裁判での検察側の「これは文明の裁きであり、侵略戦争の指導者を罰することで将来の戦争勃発を抑止し、国際社会を安全にする目的を持つ」という主張は、「判決文のインクもろくに乾かないうちに」朝鮮戦争が起こり、世界の多数の国々が参加する事態となって崩壊した。東京裁判の判事国どうしで戦争をしている始末だ。「文明の裁判」などでは全くない。

② 東京裁判の裁判所条例(チャーター)をつくらせたマッカーサー元帥は、いわゆるA級戦犯処刑のわずか二年半後の昭和二十六年の五月初頭に、アメリカの軍事外交に関する最高機関のひとつである上院軍事外交合同委員会の場で、公式に東京裁判を全面否定する証言をしている。マッカーサーは、結論として、「したがって彼ら(日本人)が戦争に入った目的は、主として自衛のために余儀なくされたものである。”Their (Japanese) purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.」と証言している。

 そもそもなぜ裁判条例が作られたかと言えば、「当時、東京裁判を成り立たせる国際法は存在しなかった」からである。その裁判所条例をつくらせたマッカーサー本人が、「日本は侵略戦争をしたのではない。自衛戦争だった」と認めたことになる。
 裁判所条例の作成にはキーナン主席検事が加わっていた。これも全く不当な話で、告発する検事側が裁判の規定をつくるなど、検事側の論告にあわせて裁く裁判であったことを裏書きしている。
 マッカーサー条例(チャーター)について、パル判事は、「文明の抹殺」と、以下のように言葉を極めて非難した。

「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる裁判を行うことは、敗戦者を即時殺戮した昔と我々の時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺するものである」