「米国人弁護士が『断罪』東京裁判という茶番」を上梓、来日から40年日本を愛し、知り尽くしたケント・ギルバート氏が日本人に伝えたいこと。

 

靖国神社にて

 WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)で洗脳された日本人は、自ら「日本は侵略戦争をした」と、そう思い込むようになった。これほどの愚行はない。
  無実の罪の告白に等しい。
 「自己解釈権」という概念は、一九二七(昭和二)年のパリ条約に遡る。日本では、一般に「不戦条約」と、呼ばれているが、国際的には「ケロッグ=ブリアン条約」として知られている。

  アメリカのフランク・ケロッグ国務長官が、フランスのアリスティード・ブリアン外相に対し、「紛争を平和的に解決する規定」を、協議することを提案したことから、この名がついた。公式には、「戦争放棄に関する一般条約」と、呼ばれる。各国の署名を求め、調印されたのは、一九二八(昭和三)年八月二十二日だった。
 しかし、このパリ条約は、すぐ機能不全に陥った。条約に違反しても、民事・刑事いずれの制裁も課されなかったことと、締約国による「留保」がつけられたことが、その理由だった。

 イギリスは当然のように、大英帝国を防衛する権利を担保し、ソ連も連邦全域に対して、同様の権利を担保した。
 アメリカは、モンロー主義を侵害しないことを担保した。一八二三年にジェームス・モンロー大統領が表明した「孤立主義外交」を守ろうとしたのだ。つまり、アメリカはヨーロッパに干渉しないかわりに、ヨーロッパの西半球への植民や、干渉を、許さないという立場だった。言い換えれば、このアメリカの権益を犯した相手に対する、武力攻撃は、自衛であって、侵略ではないという、主張だ。
 日本は、極東で軍事力を行使して干渉できる範囲に、満洲国も包含されると宣言した。
  こうして、地球上のほとんどの地域は、実質的に、この条約の影響から除外されることになったのだ。