学校の夏休み・冬休みに出される課題の中でも、鉄板中の鉄板とも言える「読書感想文」。しかし、現状学校現場で課されている「読書感想文」には、問題点が多いといいます。いったいどこに問題があるのでしょうか。『2020年からの教師問題』(ベスト新書)の著者・石川一郎先生にお話を聞きました。


◆「読書感想文」という課題が抱えるいくつかの問題

 読書感想文は教師側からすると、課題図書を選ぶだけで、ほとんど手間がかかりません。一方、生徒たちにとっては、「読書感想文を書く」ということを頭におきながら課題図書を読まなければいけません。そして、期日までに感想文を作成しないといけないのです。
 それなのに提出した感想文が戻ってきたのを見ると、ハンコが押されているだけなどということもあるようで、生徒の負担が大きいわりに、教師は楽ができる課題と言えます。
 さて、この読書感想文という課題には、現状いくつかの問題点があります。

 

 第一に、課題図書が、面白さを基準に選ばれていません。
 課題図書は、教師がその年代の生徒たちにふさわしい内容だと思われるものが選ばれます。教師自身もその本を読んで、家族のことや友人のことなどについて考えさせられたことがあるかもしれません。いずれにせよ、教師の感性や、「こう感じて欲しい」「こう読み取って欲しい」という思いが、課題図書に少なからず反映されているのは確かです。
 それでは、生徒たちの立場に立って考えてみましょう。
 課題図書を読んで教師の望む通り素直に心が動く生徒もいると思いますが、そうでない生徒も確実に存在します。当然のことでしょう、同じ本を読んでみんながみんな同じ感想を持つというのは、そもそもあり得ないことです。

 また、私自身の学生時代を思い出すと、教師が推薦する図書はどうも「道徳的なにおい」のするものが多く、なんとなく押しつけがましさのようなものを感じて、素直に受け入れることが出来なかったことを覚えています。
 もちろん、内容が「道徳的」なことが必ずしも悪いわけではないですが、自我が目覚める思春期以降は、読書において暗に「道徳」が強要されることに、どうしても抵抗を感じるという生徒がほとんどでしょう。
 本来、読書というのは読む側が本を選ぶものであり、百歩譲って教師が選んだ本を読むにしても、感想を求めるならば、自分の感性に訴えかけるものでなければ書けないのではないかと思います。同じクラス、あるいは同じ学年の生徒全員に、同じ図書を課題として読ませるという、このやり方自体にそもそも問題があるのです。

 第二に、感じたことを自由に書くことが難しいという問題があります。
 教師が良かれと思って推薦した図書に対して、「この本は本当につまらない」とか「読む意味はまったくない」などと感じた場合に、素直にその感想を書けるでしょうか。おそらく、教師の不評を買うことを恐れて、「つまらなかった」などとは間違っても書けない人の方が多いのではと思います。
 そう考えると、読書感想文とは、必ずしも「感じたことを自由に書いてよいもの」ではないことがわかります。教師の顔色を気にしながら、時に自分の本心を隠して体のいい言葉を並べてしまう――それは本当に、教育現場で課す課題として正しいものと言えるのか、甚だ疑問を感じるところです。

 第三に、読書感想文にはフォーマットがないということです。
 読書感想文はたいていの場合、「原稿用紙3枚」など分量の指定があるだけで、どのような文体、構成、テーマで書けばいいのか、特に指示や事前指導がないことがほとんど。形式もなく、どのような書き方でもいいというのは、実はかなり難しいことなのです。
 何をどのような順番で書いたらいいのか、あるいはどの部分をどのように感じたのかなど、ある程度、教師にテーマをしぼってもらわないと、手をつけづらいという人も多くいると思います。

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