◆改革の根底に流れる「ゆとり教育」の考え方

 文科省が推進することを決めた教育改革とは、一体どのようなものなのでしょうか――。
 学校教育に関して言えば、知識詰め込み型の授業を脱却し、主体的・対話的な深い学びをすることによって、文科省が新たに重要視している「学力の3要素」を備えた人材を育成することが求められています。

 学力の3要素とは、文科省が今回の教育改革に合わせて定めた一種の教育目標です。具体的には、

十分な知識・技能
それらを基盤として答えが一つに定まらない問題に
 自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力の能力
これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度

 と定義されています。
 これはあくまで高校教育に対する文科省からの要請ですが、高校で必要な学力のベースは当然、それ以前の中学校、小学校で作られるべきですから、教育改革の影響は実質広範囲に及びます。

 さて、ここで思い出していただきたいのが、先に示した中央教育審議会の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の答申です。
 これが「ゆとり教育」の方向へと舵を切るきっかけになったことは前に述べた通りですが、その答申の中で、これからの子どもたちに必要となるのは「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決するる資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」とされていました。
 今、文科省が取り組んでいる改革の目標である「学力の3要素」の内容と、非常に近しいものを感じないでしょうか。つまり、この度の教育改革の方向性と「ゆとり教育」が目指していた方向性はとてもよく似ているのです。

 ゆとり教育の理念はやはり正しかった――今回の改革は、その事実の大きな裏付けになったと言っても過言ではないでしょう。すると、ゆとり教育に関して問題だったのは議論の不足、間違っていたのは運用方法と言うほかありません。
 最近、上の世代の人たちが、ゆとり教育を受けて育った下の世代を「ゆとり世代」として、安易に批判の対象としているのをよく目にしたり、耳にしたりしますが、彼らを非難することはすなわち、「ゆとり教育」の理念にふさわしい方法で導くことのできなかった自分たちの世代を、自ら非難していることに等しいのではないでしょうか。