歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命の説明はページの最後をご覧ください。

これまで、6名の戦国武将・徳川家康・上杉謙信・武田信玄・黒田官兵衛・織田信長・豊臣秀頼を四柱推命鑑定してきた。今回は、その鑑定結果をもとに、それぞれの性格、エネルギーを比較する。
※それぞれの武将の具体的な鑑定結果は、ページ下、BACK NUMBERからご確認ください。

 
 
 

注)戦国武将にも何かと事情があることを鑑み、あいうえお順に並べている

知性…様々な分野の知識が豊富で、何かを学ぶことに喜びを感じる。頭の回転が速く、物事を論理的に捉えることが上手

行動力…頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強く、交渉力や営業力を磨けば成功できる

人脈…さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる。サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力も高く人を動かせる。

自立心…他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性。リーダーシップを発揮しフリーで活躍できる。

遊び心…楽しいことを企画する等、生活に遊びを取り入れることが自然とできる。芸術面の才能があり、表現力が豊富。

☆運勢パラメーター☆
まずは、これまで得られた鑑定結果から、それぞれの武将の性格を円グラフに表した。
※正財・偏財を「財星」、正官・偏官を「行動力」、正財・偏財を「人脈」、劫財・比肩を「自立心」、食神・傷官を「遊び心」に振り分けている。


○信玄以外が持っている「行動力」
頭で考えるよりも行動で結果を出そうとする「行動力」。責任感が強い星でもあり、ほとんどの武将がこれを持っている。やはり野性的な攻撃本能は武将にとって必要なのだろう。中でも、織田信長40%、徳川家康60%と「行動力」が占める割合が高いのは納得できるのだが、豊臣秀頼が、この二人を上回る80%と高い「行動力」を持っていることには驚きである。未知の分野に挑戦する行動力、攻撃力を持ち過ぎていた結果、大阪の陣では十分に考えることなく、家康に勝てると踏んでしまったのだろうか?また、これらの武将の中で唯一、武田信玄が行動力を持っていないのも、驚きである。信玄にない「行動力」を補ったのは、「人脈」だろうか?

○信玄と官兵衛にしかない「人脈」
さりげない気配りができコミュニケーション能力が高い「人脈」。信玄と官兵衛のみが持っているという結果に、個人的には納得が行く。勝手なイメージかもしれないが、信長、家康、謙信、秀頼は我が道を行くタイプで、人の意見を聞き入れない面を持っている一方、信玄と官兵衛には、人を大切にしたことを示す逸話が多く残る。信玄は「人は城、人は石垣、人は堀…」の名言で知られるように、人を大切にしたのだろう。軍議では全員の意見を反映し、独断はほとんどなかった。その結果、「武田二十四将」で知られるように、家臣団は優秀な人物が揃い、その結束の強さも今に伝わる。また、黒田家家臣団も「黒田二十四騎」で知られる。これは、官兵衛の嫡男・長政の家臣の精鋭達を総称したものであるが、その中でさらに優秀な8名を選抜した「黒田八虎」は、官兵衛が当主を務めていた時代から活躍している者ばかりである。官兵衛も家臣に慕われていたのだろう。また、官兵衛は「軍師」として名高く、味方も敵も犠牲者を出さないように気を配り、敵も味方に引き入れて来た。二人とも、抜群の人たらしだったに違いない。

○官兵衛以外が持っている「遊び心」
戦に次ぐ戦、いつ襲われ、いつ裏切られるかわからないストレスをかかえる戦国時代、食や酒を楽しんだり、茶や歌に親しんだりする遊び心は必要だったのだろう。謙信は40%、信玄と家康は30%と、ほとんどの武将が遊び心を持っている。そんな中、遊び心を唯一持っていないのが、官兵衛である。官兵衛が茶道や歌に親しんでいた記録は残っているが、あくまで武士のたしなみだったのだろうか?そこに楽しみを見出すというよりは、ストイックに余興の世界を追求したのかもしれない。

○最も頭がいいのは、信長!
やはり、頭がよくなければ、戦国武将は務まらない。当時、武士として求められた知識、教養は多大で、それだけでなく、ひらめきや発想力等、先を読む力も必要とされた。様々な分野の知識が豊富で、物事を論理的に捉えることができる「知性」の割合が高いのは、信長で40%、次いで官兵衛で20%である。信長は最近の研究で、「平家物語」を中心に日本史を学び、兵法の師匠を常に身近に置いて孫子、呉子等の兵法を学び、イエズス会を通じて世界を学ぶというように、常に学問に勤しみ、莫大な知識を蓄えていたことが明らかになってきた。歴史に学び、多くのデータを持っていたからこそ、周りから見たら理解できない行動を成し遂げて来たとも言える。

○最も性格のバランスが取れているのは、官兵衛!
知性、行動力、人脈は、社会生活を送る上で必要な三要素で、これらを全て持っている人を「三徳(さんとく)」と呼ぶ。「三徳」の人は、運勢バランスが優れており社会生活を送りやすい。上記6人の武将のうち、三徳は官兵衛のみ。官兵衛といえば、信長、秀吉、家康の三英傑、全てにうまく渡り合った人物。世渡り上手は「三徳」ゆえだろうか?ちなみに、「三徳」はバランスが取れ過ぎているため、失敗を恐れる傾向にあり、なかなか行動に移せないのが欠点。「次に天下を取るのは官兵衛だろう」と、秀吉に恐れられていながら終ぞ天下を取ることができなかったのは、慎重派ゆえだろうか?

☆運勢エネルギーランキング☆
第一位 織田信長 33
第二位 上杉謙信 20
第三位 武田信玄 18
第四位 黒田官兵衛 17
第五位 豊臣秀頼 11
第六位 徳川家康 10

運勢エネルギーは、3~36で表わされ、平均は15。エネルギーの高い人ほど、大きな事を成し遂げることができ、社長等に多く見られる。また、少ない人は、スペシャリストタイプであり、芸術家、研究者、専業主婦として活躍できる一方、多い人はジェネラリストタイプであり、実業家として活躍できる。
運勢エネルギーが最も高いのは、信長。最高得点36のところ、33であるところを見ると、かなり強いエネルギーを持っていることがわかるだろう。まさに王様、起業家タイプである。続いて、謙信、信玄と続くが、意外に運勢エネルギーが低いのが、家康である。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」で知られる家康。家康は、信長の同盟者として戦い、秀吉の筆頭大老として秀吉を支え続け、秀吉の死後、関が原の戦いに勝利しやっと天下を手にした。まさに、待つことでチャンスをつかんだ武将といえる。エネルギーがそれほど強くないところを見ると、家康自身には時を待つ以外に天下を手に入れる術がなかったのかもしれない。1572年の三方ヶ原の戦いでは、家康軍は武田軍に大惨敗して命からがら逃げ帰っており、当時信玄が徹底して家康を追えば、家康の命はなかったとも言われる。では、そのチャンスを待つ才能をどこで手に入れたのか?やはり、幼少期、織田家、今川家で過ごした人質時代の経験が大きいのだろう。自分の置かれた立場を十分にわきまえ、ひたすら我慢し冷静に対応できたことが、天下を手に入れられた所以であろう。


■四柱推命とは?
古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。
具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。ここでは、和暦をグレゴリオ暦に変換して鑑定している。

参考:一般社団法人日本占道協会